Others 15 囀る小鳥の声に、意識が浮かび上がる。 細く差し込む光に導かれるように、うっすらと目を開けると、最初に飛び込んできたのは他人のアゴだった。 「……?」 なんでそんなものが目の前にあるのか、なんて寝ぼけた頭では分かるはずもなく。ぼんやりと眺めながら、オレはそれに手を伸ばした。 ざり、とした手触りの無精髭のはえた顎。それから太い首と喉仏、鎖骨へと繋がるラインが男らしい。細い自分とは違い、雄の魅力溢れるそれらを撫で回し、羨ましいと脳内で呟く。 「これ、欲しいなぁ……」 「っぶ、」 よく考えもせずに声に出した途端、吹き出すような音と共に、体が揺れた。 「……?」 断続的に続く揺れに、だんだんとオレの脳が覚醒していく。 低音の笑い声と、抱き寄せるたくましい腕、それに煙草に混ざって僅かに香るムスク。馴染みのあるそれらに、ようやく理解が追いついて顔をあげる。 「お前、開口一番にソレかよ」 かち合ったのは、切れ長な銀灰色の瞳。普段は鋭い眼光を放つ目が、甘く細められてオレを映す。 寝乱れたアッシュブロンドを手櫛で後ろにかきあげ、慎さんは、目尻に浮かんだ涙を指の背で拭った。 「もっと、色っぽいセリフを期待したんだがなぁ」 「っ!!」 寝起きで掠れた声が、更に男の色気を孕む。朝からクラクラしそうな低音を耳に直接流し込まれ、オレは卒倒した。 「し、ししし慎さんっ!」 腕をつっぱり、距離をとる。 広いベッドの上とはいえ、暴れれば落ちる。バランスを崩して床へと転がりそうになったが、見越していた慎さんに腕を引かれ、落下を免れた。 「危ないから、あんまり暴れるな」 「だ、誰のせいですか!」 ひょい、といとも簡単に引き上げられ、再び懐に抱き込まれる。猫みたいな扱いをされて、思わず反射的に噛み付いた。 誰のせいって、よくよく考えれば、慎さんのせいではないけれど。勝手にオレが一人で騒いで、一人でテンパッていただけだ。 「オレのせいか」 しかし慎さんは、そんな理不尽に怒るどころか、何故か嬉しげに瞳を細めた。 大きな手がオレの頬を包み込み、指が目元を辿る。真正面から顔を覗き込まれて、まじまじと見られた後、彼はくしゃりとオレの髪をかき混ぜた。 「まだ寝てていいぞ。準備出来たら起こしてやる」 最後にスルリと頬をなでて、慎さんはベッドから下りた。 筋肉が綺麗についた男らしい背中を見送りながら、オレは自分の頬に手をあてたまま、固まっていた。湯気が出そうなくらい、顔が熱い。 二度寝出来るはずがなかった。 「……なんだよ、あれ。超心臓に悪いんだけど……!」 項垂れたオレは、シーツに額を押し付けながら悶える。 朝から直視出来ないくらいの色気を見せつけられて、頭がショートしそうだ。 それでなくとも、好きな人の寝起き姿というだけでヤバイというのに。何がヤバイって、そりゃ色々だ。 そもそもだ。なんでオレは、慎さんと一緒に寝ていたわけ? 「…………あ」 そこまで考えて、はたと我に返った。小さな声が、唇から洩れる。 抱きしめて慰めてくれる慎さんと、その胸に縋って泣き喚く自分が脳内で再生された。 そうだ、オレ。 檀と喧嘩して、家を飛び出したんだっけ。 訳わかんなくて、混乱して。 グチャグチャな気持ちを全部、慎さんにぶつけてしまった。 呆れて見捨てても仕方ないくらいの暴挙なのに、慎さんは受け止めてくれた。ずっと背を撫で慰めてくれた。 泣くなって、キスして……。 「!!」 ……そうだよ! キスしてくれた! 目元とか鼻の頭とか、デコとかだけど! 治まりかけていた顔の熱がぶり返す。 慎さんの唇が辿ったところを手で抑え、オレは悶絶した。枕を抱えたまま、ゴロゴロとベッドを転がる。 落ち着け、オレ! たぶん、慰め以上の意味なんてないから! 絶対に! 外国の血が混ざっている慎さんからしたら、挨拶とかみたいなもんだ。泣いている幼子をあやす感覚なんだと思う。 そうだ。慎さん、オレのこと子供扱いするし。疚しさなんて一片もなかった。 ソレを残念に思ってしまう自分には呆れるけれど、ちょっと頭は冷えた。 枕を置いて、はふ、と息を吐き出す。 と同時に部屋のドアが鳴り、慎さんが姿を見せた。 「朝めし出来た……って、どうした? 顔、赤いぞ」 「ナンデモアリマセン……」 一人で暴れていたとか、恥ずかしすぎて言える筈がなかった。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |