Others
06 END
あれから色んな事があった。
オレが副会長を辞めるという噂はあっという間に広がり、色んな人に問いただされた。クラスメイト、先輩、後輩、先生までも。
沢山の人に引き止められたけど、オレの意志は変わらない。そう示すと、一部の人だけはオレの意志を尊重してくれた。
今なら先輩の言葉が良く分かる。
抱え込んでいた時は全て同じに見えていたけど、一歩離れて見てみたら、全然違う。
オレのことを気にかけてくれていた優しい人達の存在に、ようやく気付く事が出来た。
生徒会の会計は、オレと友達になりたいと言ってくれた。
辞めないで下さいと追いすがる連中から、庇ってくれたクラスメイト達がいた。
先輩、頑張って下さいと励ましてくれる後輩がいた。
やっとあの男捨てたの? すっきりしたよ! と背を叩いてくれた先輩がいた。
今までご苦労さん。あとはオレ達に任せておけ、と背を押してくれた顧問がいた。
実家に帰ったら、母さんの妹夫妻、それからその息子である従兄弟が待ち構えていて、オレと一緒に両親を説得してくれた。
なんだ。オレ、味方いっぱいいたんだ。
俯いていたから、気づけていなかっただけ。顔をあげてみたら、オレを心配してくれる沢山の人がいた。
そう実感したら、嬉しくて、幸せで。もう何だって出来る気がした。
「風宮先輩」
校内を探しまわり、ようやっと見つけたのは屋上だった。
給水塔に背を凭れて読書をしていた彼は、オレの呼び掛けに顔を上げる。年季物のブックカバーをかけた文庫本を閉じ、風宮先輩は高い場所から身を乗り出し、オレを見下ろした。
「ん? どうした」
「どうした、じゃありませんよ。探したんですからね」
「そうか、そうか。悪かったな」
頬を軽く膨らませて、少しだけ強い口調で責めてみたが、全く効果はなかった。拗ねる孫をあやす祖父みたいな鷹揚な笑みに敗北感を感じる。
ぺこり、と頬の空気を抜き、通常に戻す。拗ね顔なんて、自分らしくない技まで使ったというのに。妙な恥ずかしさだけが残り、やりなれない事はするもんじゃないな、と胸中で呟いた。
「なんでこんな所で本読んでるんですか」
「いやなぁ……周りの奴等が煩いから、つい逃げてきた」
オレが言うと、風宮先輩はきまり悪げな顔で頬をかいた。
風宮先輩は本好きだが、基本は図書室か教室、もしくは生徒会室で読んでいる。屋内好きのインドア派なので、外で寛いでいる姿はあまり見かけた事がなかった。
秋に入って寒くなりはじめた今頃ならば、余計に。
周りが煩いって先輩は言ったけれど、どういう意味だろう。
その疑問をオレの表情から読み取ったのか、風宮先輩は苦笑する。
「お前が副会長に戻るように、説得してくれと言ってきた。お前がオレに懐いていたのを皆、知っているからな。オレの言葉なら聞くと思ったらしいぞ」
むしろ、辞めてしまえとけしかけた方だと言うのに。そう言って風宮先輩は、溜息を吐き出した。
「オレ、戻りませんよ」
端的に言うと、先輩は『知っている』と短く返した。
「オレの言葉に左右されるようなお前ではないな」
「…………」
思わせぶりな言葉に、なんて言っていいのか分からない。
先輩の言うがままに進めるほど、オレは素直ではなく。
かと言って、先輩の助言に耳をかさず、自分の道を進めるほどに強くもない。
否定も肯定も出来ないまま立ち尽くすオレを、先輩はどう思っているんだろうか。
聞きたいような、聞きたくないような。不安定な気持ちを振り切るように、オレは深呼吸をした。
「……先輩。返事、しに来ました」
「…………うん」
先輩は数秒間をあけて、頷く。
オレの緊張を和らげるような微笑みを浮かべ、促すように軽く首を傾げる。その仕草に泣きたくなったのは、何でだろう。
つん、と鼻の奥が痛みを訴えたが、気付かなかったふりで、言葉を続けた。
「オレ、学校辞めません」
先輩は、驚かなかった。
いつもと同じ、柔らかな雰囲気を纏う彼は、少しだけ瞳を細める。その表情に甘やかされていると気付いたのは、結構最近のことだ。
普段、あまり自己主張をしないオレが発言しようとすると、彼は静かにオレの言葉を待ってくれる。
正反対の意見でも、オレが明確な間違いを犯していたとしても、遮らずに最後まで聞いてくれる。今みたいに、少しだけ、目を細めて。
「逃げたく、ないんです」
「うん」
「最後まで通って、ちゃんと卒業したい」
「うん」
穏やかな眼差しに、胸が痛みを訴えた。
もう彼は、あと半年も経たないうちにいなくなる。屋上、図書館の窓際の席、三階の教室。生徒会室の給湯室。どこにもいない。
この学校のどこを探しても、もう会えなくなる。
そう考えるだけで、息が苦しい。
今生の別れでもないのに、辛くて、悲しくてたまらない。
静也と決別した時でも、こんなにも痛くはなかったのに。
「分かっていたさ。お前なら、そう言うとな」
風宮先輩は、手に持っていた文庫本を扇のように口元にあてた。
苦い笑いを隠すような動作をして、彼は空を仰ぐ。
「分かって、いたのになぁ……。オレもヤキが回ったものだ」
彼らしくもない、諦めを含んだ声。
するりと逃げてしまいそうな予感に、オレは咄嗟に声を張り上げた。
「でも!!」
「っ?」
びくり、と先輩の肩が跳ねる。
唐突に大声を出したオレを、先輩は目を丸くして見た。
「でも、卒業したら、国立の大学には通いません!」
焦りに声が裏返るが、気にする余裕もない。
今、もしこのまま別れたら。たぶんこの人は、オレの前からいなくなる。
それは予感じゃなく、確信だった。
「夢人……?」
「渡米して、先輩と同じ大学を目指します」
「…………は?」
「ちゃんと高校卒業して、両親を説得して、正々堂々と貴方を追っかけます」
先輩の目が、大きく見開かれた。
今まで何度も、驚いた顔は見たけれど、こんな顔は初めて見たかもしれない。
瞳が揺れ、薄く開いたままの唇が、わずかに震える。
先輩は声もなく、ただ、オレを見つめていた。
ねえ、先輩。
先輩が好きかもしれないなんて言ったら、引きますか。
静也と別れたばかりなのに、ふらふらしすぎだと呆れますか。
正直オレ自身もオレに呆れているけど、好きになっちゃったもんはしょうがないと諦めて欲しい。弱っているオレに優しくした貴方が悪いとか、流石に暴論か。
「逃げ場としてじゃなくて、ちゃんと自分で選んで、貴方の隣を歩きたい。待っててくれなくてもいいから、知っていて欲しい」
「……っ、」
自己満足でしかない宣言を終え、オレは笑う。
すると息を呑む音とともに、なにかが上から落ちてきた。
「風宮せ、」
すと、と華麗な着地をきめた先輩は、そのままの勢いでオレを抱きしめる。正直、上から覆い被さられたみたいでちょとビビった。
一拍置いて振ってきた文庫本が、コンクリートの床に落ちて、衝撃で外れたカバーが飛ばされていく。
「先輩」
オレを抱きしめたまま、微動だにしない先輩のシャツを、つんと引く。
しかし先輩は反応しない。
「先輩ってば。本のカバー飛ばされちゃいましたよ」
「いいから黙れ……それどころじゃない」
ぎゅう、と腕に力が込められる。耳元で囁かれた声は、いつもの余裕がなくて、少し掠れていた。
「お前には本当に、振り回されっぱなしだ」
そう言った先輩の顔は見えなかったけれど、赤く染まった耳だけは良く見えたので、オレはなんだか嬉しくなった。
「先輩」
「いいから、少し黙れ」
「先輩」
「……ああもう! 可愛らしい声で呼ぶな!」
自棄気味に叫ぶ先輩の耳元に唇を寄せ、オレはもう一つ。
彼へと爆弾を投下した。
「すきです」
恋が罪悪であっても、知ったことか。
この人相手に遠慮してたら、きっと何も掴めない。
「!!」
バッと俯けていた顔をあげた先輩と目が合う。
湯気が出そうに真っ赤に染まった頬を見て、オレは妙な達成感を得た。してやったりと満面の笑みを浮かべたオレに、先輩の怒りが爆発した。
「こんな場所で食われたいのかお前は!!」
青空に、先輩の怒声が響き渡る。
これからだって、いくらでも振り回してやるから。
覚悟決めてよ。ね。
雅さん?
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