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Others
05


「……は?」

 静也の口から、気の抜けた声が洩れた。
 たぶん、理解が追いついてないんだろう。裏切り者と罵倒されるか、別れないからと泣き喚かれるかの二択しかなかったんじゃないかね。

 生憎というか、お前にとっちゃ好都合というか。もうオレにとってお前は、過去の存在になった。
 路傍の石よりもどうでもいい存在に成り果てたんだよ。

 好きだと思った。
 こいつなら、オレを分かってくれると思ってた。

 とんだ勘違いだ。こいつは、オレの事なんて何も分かっちゃいなかった。
 趣味、悪すぎだろ。オレ。

「生徒会の仕事は、後継者に引き継いでから辞めるから、その辺は気にしなくていいよ。顧問の先生には、有望な生徒を探してくれって頼んであるし。……本当は、来季に引き継ぐつもりだったから、そんなに急いではなかったんだけどね。ま、そういう事だからよろしく」

 ひらひらと手を振るオレに、正気に戻った周囲は慌てた。

「ちょ、ちょっと待って! 夢ちゃん、会長の言い分も聞いてあげてよ!」

「そうですよ、副会長! きっとすれ違っているんで……」

 必死に追い縋ろうとする庶務と書記に、どうしたものかと振り返ろうとした。
 しかし、オレの視界に、誰かの背中が割り込んだ。

「……いい加減にしろよ。お前ら」

 低い声で、彼は言う。
 普段はチャラいし緩いし、人懐っこいはずの会計……柔(やわら)は、実に分かり易く怒っていた。

「ど、どしたの。ヤワちゃん。怖い顔して」

「なんでお前らはいつも、夢人くんの気持ちを考えないの? 弟くんや会長の肩ばっかり持って、夢人くんに我慢させんの」

「ちょっと待って! そいつらじゃなくて、悪いのはオレだから! 責めるなら……」

「黙ってろよ。加害者その一」

 庶務達を庇い始めた日月を、会計は冷たい声で一蹴した。

「はっ?」

「お前らが悪い事なんて、分かってるよ。ただ、他の奴等に責任がないかって言ったら違うでしょ。会長と弟くんが仲良くしていると、弟くんを追い出すんじゃなくて、それとなく夢人くんが席を外すように仕向けてたじゃん」

「それは……」

「僕達は、副会長が傷付かないようにって!」

 そういや、日月が生徒会にいる時は、やたらとお使い頼まれたなぁ。
 その度に、変わろうかって申し出てくれる会計を断って自分で行っていたのは、居辛かったからだ。

「ふざけんな」

 会計の声には、冷たい凄みがあった。

「どんな柔らかい言い方しても、お前らは結局、夢人くんより弟くんを優先したんだよ。兄貴の恋人に色目を使うクソビッチをな」

「クソビッ……!? ひっでえ……」

「ああ、泣け泣け。そもそもオレ、弟くん嫌いだったし。親友の夢人くんの弟だから、我慢してただけだったし」

 涙ぐむ日月に絆される事なく、会計は子供みたいに舌を出す。
 そんな彼の言葉に驚かされたのは、オレも同じだった。

「し、親友……? オレたち、親友だったの?」

「えっ酷っ」

 ガーン、と。漫画の書き文字のようにショックを受ける会計。
 オレ、そもそもお前の苗字すら知らないんだけど……。

「オレってば、一年の頃から夢人くんと仲良くなりたかったのに!」

「そ、そうなんだ」

「そうだよ! 一年の頃、夢人くんと同じクラスだったの覚えてない?」

「…………」

「この正直者! くっそー……オレはさ、面白い子がいるなってずっと気になってたんだよ」

 面白いとは、自分には一番似合わない評価じゃないだろうか。
 そう憮然とした顔で訴えてみたが、会計は首を横に振った。

「英語の授業で何人か指名されて、スピーチやらされた事あったじゃん。それで夢人くんも選ばれてさ。先生が『生野は優秀だから、ヘブライ語でお願いするわー』なんて言い出したんだよね」

「…………あったな」

 思い出された苦い記憶に、自然と眉間に力が入った。
 出来れば思い出したくない。だが無情にも会計は話を続けた。

「もちろんオレを含め全員が、先生が冗談で言ってるのは分かってたよ。ところがその次の日から、休み時間になる度に夢人くん、本読みながらイヤホンでなにか聞いてんだよね。気になっちゃって隣通る時に覗き込んでみたら、『はじめての人のためのヘブライ語』って書いてあるんだもん! 笑うわ!」

「止めろ!」

 過去の恥を掘り返されて、オレは羞恥に顔が赤くなった。

「次の授業の時に、見事なヘブライ語を披露しててさ。皆ポカーンとしながらも、やっぱ生野様すげえとか絶賛してたけど、オレだけ吹き出さないようにするのに必死だったよ。『その人最初から出来たんじゃないよ。超必死こいて勉強してたんだよ』って言いふらしたかった」

「その時我慢できたのに何故今言う!?」

「もう時効、時効」

 いやまだ凄え恥ずかしいんだけど。
 恨みがましい目で見ると、会計は楽しそうに笑った。

「それまでは『何やらせても完璧な別次元の人』って感じだったけど、それからは『ちょっと変わってるけど努力家で面白い奴』になった」

「!」

「友達になりたいなーって、思ってるんだ。現在進行形でね」

 優しい瞳を見つめ返しながら、オレは呆然と佇む。
 脳裏に、風宮先輩の言葉が思い浮かんだ。

『お前に心を砕いている連中が、可哀想だ』

 オレは、今まで一体、何を見てきた……?

「さて。ここはオレが食い止めるから、早く先に行きな」

「……それなんて死亡フラグ」

 戸惑うしかできないオレを責めもせず、会計はぽん、と肩を叩いて促した。扉の方へと押し出されながらも小さな声で突っ込むと、会計はおかしそうに喉を鳴らす。
 『大丈夫。夢人くんと友達になるまでは死なないさ』って……更に死亡フラグを増やしていく姿勢、嫌いじゃないよ。

 少し笑って、サンキュ、と呟く。
 少し驚いて、どういたしましてと照れくさそうに言う彼と、いつか友達になりたいと思った。

 今はまだ、オレにはその資格もない。
 全部捨てて身軽になって、次の一歩を踏み出せるようになったなら。もう一度、会いに来よう。自己紹介から、初めてみようか。

 オレは皆に背を向けて、歩き出す。

「夢人……!」

 呼ばれて、ピクリと肩が揺れてしまったのは、ただの条件反射だ。少しだけ痛む胸も、きっと気のせい。
 
 静也の声には振り返らずに、オレは後ろ手に扉を閉めた。


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