Others
04
その後、オレは職員室へ寄ってから、生徒会室へと向かった。
生徒会の顧問の先生と話し込んでいて、結構遅くなってしまったな。
四階の角部屋。マホガニーの扉の前に立つ。
最近は居心地が悪いので、あまり近寄りたくはなかったが、機密事項も含まれる書類は、自室へは持ち込めない。
それだけやって、後は持ち出し許可を貰っているので、部屋へ戻ってからやろう。
そう決めて、扉に手をかけようとして気付いた。誰かが先に入ったのか、細く扉が開いている。
誰だろう、と考えるよりも先に、漏れ聞こえた声にオレは固まった。
「オレ……本当は、夢人が羨ましくて仕方なかった」
「日月……」
室内にいたのは、つい一時間前までは、校庭でバスケをしていた静也と日月の二人だった。
震える手で、そっと扉を押す。
細い隙間から見えるのは、寄り添う二つの影。縋り付く日月を、静也が優しく抱き寄せていた。
「夢人は、頭が良くて、綺麗で、何でも出来る自慢の兄貴だよ。大好きだ。でも、時々その存在が、たまらなく重くなる。神様は不公平だ。どうして同じ親から生まれたのに、夢人は何でも持っていて、オレは何も持っていないの」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
そして、数秒後にこみ上げてきたのは、悲しみなどではなく。明確な怒りだった。ふざけるなと、どの口が言うんだと、詰ってぶん殴ってやりたいと思う。
弟を憎いと思ったことはあれど、殴りたいと思ったのは初めてだった。
何でも持っている?
お前が言うのか! オレから何もかも奪っていくお前が!
烈火の如き怒りを溜め込むオレとは違い、静也は痛ましそうに日月を見る。優しく髪を撫でながら、幼子に言い聞かせるように言った。
「夢人と自分を比べるな。お前はお前にしかない、良い部分が沢山あるだろう?」
「ないよ」
「ある。たとえば……そうだな。お前は努力が上手だ」
「……努力?」
「ああ。確かに優秀な夢人の方が、お前より早く上手に出来てしまうだろう。でもお前は、出来なくても頑張れるひたむきさがある。それは、何でもできる夢人にはない、お前の美点だ」
静也の柔らかい声を聞きながら、オレの中の何かが音を立てて壊れた。
努力? 努力だと?
お前はオレが、努力せずに何でも出来ると思っていたのか!?
この一年、誰よりもオレの傍にいたお前が……!?
日月よりも早く上手に出来る?
そりゃそうだろう。アイツが遊び呆けている間も、オレは努力し続けたんだからな。
オレにだって出来ない事なんて沢山ある。ただ、出来るようになるまで繰り返していただけの話。そして、努力する姿なんて人に見せるもんじゃないと思っていたから、一人で学んでいただけの話だ。
お前らにとっちゃ、優雅に泳ぐ白鳥の足元なんて、知ったこっちゃないんだろうけどな。
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
今までオレは、何に傷つき、何を期待していたんだろう。
喉の奥から、笑いの衝動が込み上げてきた。
「あれ、夢人くん?」
「副会長、どうしたんです? 中入りましょうよ」
「えーい! オレが一番乗りー! いえーい!」
背後から複数の声がかかった。会計、書記、庶務の三人だ。
オレの横を通り過ぎた庶務が、止める間もなく扉を開け放つ。
生徒会室の中で抱き合う二人が振り返り、呆然と佇む生徒会役員達の中にオレの姿を見つけ、しまったとばかりに青褪めた。
「……お邪魔しちゃった?」
庶務はどうしたものかと冷や汗をかきながら、オレと二人とを順番に見た。
場の空気を和ませようと笑うが、誰も反応しない。どう見ても修羅場です。ありがとうございました。
「あ、あのさ。夢ちゃん、気にしない方がいいよ! きっと転びかけた日月ちゃんを、会長が抱きとめただけだよ! ねっ!?」
「え、……ああ」
「そ、そうなんだ! オレ、ちょっと躓いちゃって!」
「いや、聞いてたから。もう取り繕わなくていいよ」
青褪めたまま頷く静也と、慌てて言い訳を始める日月に、オレは淡々と告げた。
再び、重苦しい沈黙が落ちる。二人の顔は哀れなほどに強張っていた。
「副会長……聞いてたって、何をです?」
「ん? 君たちが聞いても、一つも面白いことじゃないから、首突っ込まない方がいいよ」
「でもさ、夢人くん……」
何か言いたげに顔を曇らす会計に、オレは苦笑を返す。
それから、静也達に向き直った。
「静也」
「っ……」
「用事が二つある」
「……な、なんだ」
「オレ、お前と別れる。それから、生徒会辞める」
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