Others
03
「別にオレに先輩は必要ないですけど」
「えっ」
えってなんだ。えって。
「もしかして感動する場面だと思ってたんですか」
「勿論だとも。ここは『イケメン!抱いて!』となるはずだろう。お前、おかしいぞ」
「おかしいのは先輩の頭です」
先輩は頭が可哀想な人だったんだな、と哀れみの視線を向ける。ぶつくさとまだ何かを言っているが、無視しよう。
落とした日誌を拾い上げ、埃を叩く。
すると、先輩は何が楽しいのか、喉を鳴らして笑っていた。
「……何です」
「いや。元気になったようで良かったな、と」
「…………」
非常に不本意だが、先輩のお陰で悲壮な気持ちはどっかへ行ってしまっていた。
一つ上とは思えないほど、大人びた顔で先輩はオレを見ている。なんか落ち着かない。
「なあ、夢人」
「はい」
「高校辞めて、オレとアメリカへ行かないか」
「…………は?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
次に、この人なりのジョークかとも思った。しかし彼はあくまで真顔で、オレの言葉を待っている。
そもそも、人をからかう事は好きだが、この手の冗談を言う人ではなかった。
「……アメリカ?なんでまたそんな話に……?」
「元々考えてはいたんだ。うちの父は、家業をオレに継がせる気はないようだし、オレも継ぐ気はない。渡米して大学を卒業したら、起業しようと思っている。そのための小金も稼いであるしな」
「なんつースケールのでかい話ですか……」
オレは開いた口が塞がらなかった。
規模が大きすぎて、頭がついていけない。
先輩のお家は、古くから続く華道のお家元。当然、彼もその跡を継ぐのだと当初は思っていたが、話を聞くには、親子ともどもその気はないらしい。
父の方は、やる気のない息子より、やる気のある弟子を養子にとり、後継者に据えようとしているようだし。息子の方は、親の敷いたレールに乗っかるなんてつまらんと、端から放棄している。
いいとこのお坊ちゃんのくせに、先輩は何でも小器用にこなすので、親御さんも好きにやらせようと思っているらしい。
小金を稼いだって簡単に言っているけど、この人、株で大儲けしてるから。億ション買ってやれるってのも、あながち冗談じゃないから。
「お前の学費も、オレが出そう……と言うと、お前は嫌がるよな」
「当然です」
「なら無期限無利子で貸そう」
「それ、先輩になんのメリットがあるんです」
「沢山あるさ。お前はお買得物件だからな」
「え?」
何度目か分からない驚きに、オレは目を丸くする。
お買得物件? ……オレが?
「さっきはお前の短所を言ったが、その倍は長所があるぞ。真面目、勤勉、有能、優秀、献身的、情に厚い、信頼出来る、優しい、面倒見がいい……」
「ちょ、やめてくださいよ!」
「可愛い、美人、照れ屋」
「妄想は止めて下さい。セクハラで訴えますよ」
「あとツンデレ」
「デレてねえ。一ミリも存在しない属性を勝手に増やすな」
「オレにだけ辛辣なのは、信頼してくれている証拠だろう?」
「…………勘違い、です」
「あと嘘が下手だな」
にやり、と口角をあげて言う。
「なあ、夢人。途中で投げ出さないお前の責任感は見事だ。たとえそれがお前自身の弱さや矜持の高さによるものだとしても、敬服に値する。……だがな。お前の甘やかしが、お前の周囲の成長を邪魔しているんだと気付け」
「…………それ、は」
「いい加減、いらんものは捨てろ。誠実であろうとする人間は、選べ」
何も、言い返せなかった。
先輩の言葉が、ただただ、胸に突き刺さる。
「全部、いっしょくたに抱え込んでいるから、必要なものに気付けないんだ。一回全部捨てて、いるものだけ拾い上げろ。……でなければ、お前に心を砕いている連中が、可哀想だ」
「え?」
思わず、マヌケな声が洩れる。
しかし先輩は、問い返すオレの声に答えてはくれなかった。あとは自分で考えろ、と言わんばかりに踵を返す。
「いい返事、待っているぞ」
そう言って、ひらひらと手を振って去っていった。
そういえば生徒会に引き入れられた時から、こうだった。必要な知識は全て教えてくれたけど、応用するのはお前らだと言外に示し、正解だとも間違いだとも言ってくれない。
彼はオレが知る人の中で一番厳しく。
同時に一番、オレを甘やかしてくれる人でもあった。
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