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Others
02


「『しかし君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか』」

「!」

 唐突にかけられた声に、オレは俯けていた顔をあげた。

 人気のなかった廊下に、いつの間にか誰かがいる。しかも、オレからほんの三メートル先くらいの位置に。
 長身の青年は、オレではなく、窓の下を見つめていた。

 艶のある黒髪に、白い肌。形の良い柳眉の下の切れ長な目は、上質な黒曜石のよう。ミス・ユニバースも裸足で逃げ出しそうな傾国の美貌……しかし不思議と、女性的な印象は全く受けない。むしろ、匂い立つような男の色気を感じる。

「……風宮(かざみや)先輩」

 風宮先輩は、窓の下に向けていた視線をオレへと向け、ニコリとお手本のような笑みを浮かべた。

「雅と呼べと、言ったはずだが」

「了承した覚えはありません」

 即座に突き放せば、長い睫毛に縁取られた目が、ぽかんと丸くなる。次いで細められ、彼はおかしそうに笑った。
今さっきまでの造り物めいた笑顔とは違う。子供を見る母親みたいな笑顔だと思った。

「お前は強情だね」

「可愛げがなくて申し訳ありません」

「いや、可愛い」

「!?」

 思わず目を見開くと、風宮先輩は意地悪く笑う。
 この人のこういうところが、オレは苦手だった。掌で転がされて、敵いそうもないから。

 彼、風宮 雅(かざみや みやび)は、先代の生徒会長。
 新入生だったオレと静也を、強引な形で生徒会に引き込んだ傍迷惑な先輩だ。

 人形のような美貌と、優雅な物腰。いつも浮かべている柔和な笑みもあってか、浮世離れした印象を受ける。
 平安時代の貴族を思わせる彼は『宮様(みやさま)』と呼ばれ、会長でなくなった今も、沢山の人達に敬われ、慕われている。

 だが生徒達を虜にする『華のような微笑み』とやらは、オレには『胡散臭い企み顔』にしか見えなかった。

「……先輩。オレに一体、何用ですか」

 ため息混じりに吐き出すと、風宮先輩は小首を傾げた。180センチを超える男が、そんな動作をしても気持ち悪いだけだと思うが、何故か先輩がやると様になる。

「おや。いつものように猫を被らなくていいのか?」

「先輩には無意味でしょう。それに、貴方に媚び売っても何の得にもなりませんし」

「これは心外。お前が可愛らしく媚を売ってくれるならば、オレは言い値で買うぞ」

 億ションでも買うてやろうか、と何処のヒヒ爺だと言いたくなるような事をサラリと言う。殴りたくなるのを堪えながら、『非売品です』と無表情で跳ね除けた。

「用はないと判断させてもらいますね」

「用はあるとも」

「なら、さっさと言って下さい」

「なに。窓の下を眺めるお前の横顔が、あまりにも美しくて、ついな」

「…………美しくなんてない」

 皮肉ですか、と呟いた声は、自分のものとは思えないほど掠れていた。
嫉妬に狂った横顔を人に見られただけでも辛いのに、美しいなんて。酷い詰りだと、唇を噛みしめる。

「いいや。お前は美しい」

「アンタがオレの何を知っていると言うんだ!!」

 尚も続けられた言葉に、気づけば逆上して掴みかかっていた。
 手に持っていた日誌が、バサリと音をたてて落ちる。シャツの襟を掴んで持ち上げようとするが、身長差があるために、逆に縋り付くような格好になってしまった。

 睥睨するオレの視線を受けても、先輩は驚かない。
 場違いに凪いだ瞳がオレを映し、癇癪を起こす子供を愛でるように、柔らかに細められた。

「知ってるさ。弟を妬み、静也を憎みながらも、関係を壊すことも出来ない。お前が、臆病で卑怯で、どうしようもなく弱いことも全部な」

「っ!!」

「欲しいものを欲しいとも言えず、いつも飢えている。被害妄想が強くて、周りが全部敵に見えているのも、オレは知っているよ」

「やめろ!!」

「実の親さえ信じられない。愛されていないから、人の夢なんて『儚い』名をつけたと思い込んでいる。明るく人を照らす『日月』が生まれたから、自分はいらない子なんだと」

「やめてくれっ!!」

 オレは彼の言葉を遮るように絶叫した。
もう聞きたくない。それがたとえ真実であっても、これ以上、醜い自分の内面を暴かれたくなかった。
彼の胸ぐらを掴んでいた手を離し、己の耳を塞ぐ。
しかし彼は、許さないとばかりに、その手を引き剥がした。

「そうやって耳を塞いで目を閉じていたら、必要なものも見落とすぞ」

「必要なものなんて……」

「ある」

 あまりにも堂々と言い切るものだから、錯乱しかけていたオレは、冷静になってしまった。
なんでこう、いつも自信満々なんだろうか、この人は。

 思わず唖然とした顔で彼を見ると、先輩は真面目な顔でこう言った。

「たとえば、お前を必要とするオレとかな」

「…………」

 呆れて、数十秒無言になった。
 場の空気が読めないにもほどがあるだろ。この天然。

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あきゅろす。
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