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Others
01

 恋は罪悪ですよ。
 そう言ったのは、誰だったか。



「ね、見て」

 放課後の教室。
 日直として面倒ながらも学級日誌を書いていたオレの耳に、クラスメイトの声が届いた。
 といっても彼は、オレに話しかけていた訳じゃない。隣に立つ友人を手招き、窓の下の景色を指差す。

「なに? あ、会長様と日月(ひづき)くんだ」

「さっきから、じゃれあってて可愛いの」

「冷静な会長様が、日月くん相手だと子供みたいに笑うんだよね」

「ほんと、お似合い……」

「ちょっとお前ら!」

 嬉しそうに笑い合う二人の会話を、別のクラスメイトが止めた。

「生野(いくの)様がいるのに」

 潜めた声で少年が言うと、楽しげだった二人は慌てて口を閉ざす。怯えたような視線がオレへと向けられた。

 別にオレは怒ってないんだから、勝手に悪者にしたてあげないで欲しい。

 思わず溜息がこぼれそうになるのを、なんとか堪えた。

「あの……生野様、今ぼくらが言ったの……」

「はい?」

 恐る恐る呼ばれ、今気付きましたと言わんばかりに顔を上げる。
 人当たりの良い笑顔を貼り付けて首を傾げれば、後に続くだろう言葉を、少年達は飲み込んだ。

「ごめんなさい。日誌に集中していたので、聞いていませんでした」

 そう言えば、少年らは詰めていた息を吐き出す。
 それを冷めた気持ちで眺めながら、オレは更に問う。

「なにか、僕に御用でしたか?」

「あ、いいえ! なんでもないんです。呼び止めてしまって、申し訳ありません」

「そうですか。なら僕は職員室へ行くので、これで失礼しますね」

 カバンと日誌を持ち、席を立つ。
 少年らの視線を背に感じながら、教室を出た。

 廊下を進み、人気がない事を確認してから、大きく息を吐き出す。
 多少はすっきりしたが、沈んだ気持ちは一ミリ足りとも浮上しなかった。

 ふと窓の外へと目を向ける。
 校庭で制服のまま、バスケに興じる一団が見えた。スリーオンスリーなのか、人数は六人。その中に見知った姿を見つける。
 教室で少年達の話題に上っていた人物。

 この学校の生徒会長、冷泉寺 静也(れいせんじ しずや)。
 それとオレの弟、生野 日月。

 静也は実に楽しそうだ。普段はかっちりと着込んでいるブレザーを脱ぎ、ネクタイも外している。シャツを腕まくりする姿なんて初めて見た。
 彼の投げたボールが見事リングを潜ると、満面の笑みを浮かべた静也は、日月とハイタッチを交わす。

「……っ」

 胸が、焼けるような痛みを訴える。

 そんな顔、オレにはしてくれない。
 副会長として、恋人として、ずっと傍にいたが、あんな笑顔は見たことがなかった。



 オレ、生野 夢人(いくの ゆめと)には、年子の弟がいる。

 顔も性格も全く似ていないが、正真正銘、実の兄弟だ。
 オレは母親似で弟は父親似。家族仲は良い方で、弟の事も可愛いと思っている。愛してもいるよ。

 でもオレは愛しているのと同じくらい、弟の事が憎かった。

 弟の日月は、名は体を表すように、とにかく明るい。
 彼がそこにいるだけで場が華やぐ。人懐っこい性質で、周囲の人間からは愛され、いつでも輪の中心にいる。
 
オレとは、正反対に。

 オレは昔から物覚えは良く、優秀だと褒め称えられた。
 しかしその半面、取っつきにくい性格が災いしてか、周囲の人間からは距離を置かれていた。
 そばに居てくれる人間は、両手の指で事足りる人数だけ。
 
 それでも、小さいころはここまで歪んではいなかった。
 傍にいてくれる人がいるんだから、いいじゃないかと思ってた。

 でも、それは大きな誤りだった。愚かな自惚れだった。

 優しい母も、明るい父も。
 気のいい伯父も、初恋の従姉妹も。
 気の合う友人たちも、初めての女友達も。

 みんな、みんな。
 天秤にかけてしまえば、オレではなく日月を選んだ。

 日月が手を差し伸べれば、オレなんて振り返る事もなく、彼等は行ってしまう。
 愛されていると思ったのは、ただの夢想だった。

 そうして、逃げるように全寮制の男子校に入学して、静也と出会った。
 名前の通り、静かな空気を纏う静也の傍は居心地が良くて、いつの間にか好きになっていた。同性だとか、友人に恋愛感情を抱くなんて、と一頻り悩みはした。でも諦められずに告白したオレを、静也は受け入れてくれた。

 幸せだったよ。
 オレを追って、日月が入学してくるまでは。

 静也と日月を初めて会わせた時から、嫌な予感はしていた。
 でも静也を信じようと自分に言い聞かせ、目を逸らし続けた。笑えるよな。言い聞かせる時点で信じてないと言っているも同然なのに。

 そしてオレの予想通り、静也は日月に惹かれ始めた。
 普段は仏頂面をしている静也が、日月の傍では良く笑うし怒る。そんな彼を、最初は驚きの目で見ていた周囲も、次第に祝福ムードになっていった。

 オレと静也が恋人同士なのは、全校生徒が知っている事なのに。
 誰も静也の心変わりを責めない。兄の恋人を奪った弟を、軽蔑しない。
 腫れ物に触れるような周囲の態度に、オレだけが肩身の狭い思いをさせられている。

 馬鹿馬鹿しい。
 ほんと、馬鹿馬鹿しい。

 なんでオレが、人目を避けなきゃならない?
 どうして恋人であるオレが、邪魔者扱いされるんだ?

 惨めで、悔しくて、どうにかなりそうだ。
 裏切った静也が憎い。奪った日月が憎い。二人を応援する周囲の奴等、全員憎い。

 そして何より、僻みと恨みで真っ黒に染まっていく自分自身が、殺したいくらい憎かった。

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あきゅろす。
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