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Others
顧問教諭はかく語りき。



「……それで、そんな腑に落ちない顔してんのか」

 呆れを隠しもせずに問いかければ、目の前の少年は憮然とした面持ちのまま、コクリと頷いた。
 顔立ちも背丈も体付きも、ほぼ平均値。どこにでもいそうな印象を受けるが、目や表情がそれを裏切る。
 聡明な横顔で物思いに耽ったかと思えば、悪戯を閃いた悪ガキみたいに目を輝かせる。探究心で突き進み、我が道を貫くようにも思えるのに、時折後ろを振り返り、周囲に気遣いを見せる。

 彼――青山の周囲にいる奴等は、そんなコイツに振り回される事に快感を覚えてしまった奴ばかりだ。教師である、オレを含めて。

「オレは先に言っただろ。お前の周りにいる奴は、割とみんな、お前中心に生きてるって」

「そんなの鵜呑みに出来るわけないでしょう」

 納得いかないとばかりに、青山はオレを睨む。
 それを飄々とした笑みで躱し、オレは手に持っていた書類を捲った。

「嘆願書の集まり具合から察するに、親衛隊の連中は嬉々として、お前に協力してんだろ」

「……はい。正直、超助かってます」

 青山は、親衛隊の連中に殴られる覚悟をしていた。
 彼等の敬愛する会長を裏切り、蹴落とそうとしている自分を許すはずが無いと。

 だがふたを開けてみれば、全く違う反応が返ってきた。
 会長の座を狙うと宣言した青山に待ち受けていたのは、洗礼のビンタではなく、歓声だった。やっぱりお前はそれ位でなきゃ、と言われた青山の心中は、相当複雑なものだったとか。

 彼等は青山が依頼する前から率先して手伝いを申し出た。
署名集めや、証拠集め、証言及び書類作成と仕事は山の様にある。オレがオレがと挙手をする奴等が続出し、結局は青山が取り仕切る事になったらしい。

「生徒会の奴等は、真っ先に署名を持って来たしな」

「……はい。即日でした」

 会長が仕事を放り出すようになってから、その仕事を受け継いでいたのは青山だ。
 親衛隊というものに良い印象を持っていなかった副会長らも、勤勉且つ有能にこなす青山を見て、態度を軟化させたのは割と早い段階だった。

 各方面に拗らせている奴ばかりの生徒会だが、青山を中心にまとまり、何と一緒に遊びにいくようになったようだ。
 無愛想な副会長に、人間不信の会計、コミュ障の書記。全員が全員、今では楽しそうに男子高校生らしい馬鹿な遊びに興じている。
 カラオケの点数を競い、天城越えで95点を出しましたよと、ドヤ顔で副会長に言われた時は、ハルマゲドンでも来るのかと思った。

 傍目に見ても充分受け入れられている青山だが、流石に、彼等の仲間である会長を引き摺り下ろす計画を話せば、幻滅されるだろうと予測していた。

 しかしどうだ。
 結果として彼等が悩んだのは、ほんの数秒。

 疲れた頭を働かせ、『つまり、それってどいういう事?』と書記が聞き、『会長のサインを青ちゃんが出来るようになるって事』と会計が答え、『よし採用』と副会長が立ち上がったという。正直、すげえ見たかった。

 如何に青山が優秀であっても、裁けない書類が多くある。それは彼が権限を持たないからだ。
 もし彼が会長となれば、それが一気に片付く。イコール、遊びに行ける余裕が出来ると理解した彼らの行動は早かった。

「オレを含め、教師もほとんどが、お前を認めているしな。問題も障害も、ないに等しいだろう」

「それじゃ困ります」

 斬り込むような鋭い声音に驚き、顔をあげる。
 さっきまで憮然とした顔で所在なさげに佇んでいた目の前の少年は、眼差し一つで恐ろしい変貌を遂げる。
 まるで抜き身の日本刀のように、曇りのない鋭い目。挑むような眼差しと、凛然とした表情に、思わず見惚れた。

「オレは平坦な道を歩きたいんじゃない。潰すと決めたからには、手応えがなくては困ります」

 なんとも傲慢なセリフ。
 しかし、それが良く似合う。

 人畜無害に見えて、猛毒をはらむ美しい花。
 彼の魅力に取りつかれたものは、彼の傍に侍り、楽しい夢を見るか。それとも、執着して破滅の道を歩むか。

 どちらにせよ、ロクなものではない。
 だが、それがいい。それでいい。

「大丈夫だ。おそらくアイツは、最後まで足掻くだろうよ」

 生徒会長――目黒は、きっと青山を愛していた。
 心から愛し、執着したが故に、彼と己を比べてしまったんだろう。そして、気付く。彼と比べたら自分が、如何に不出来であるかを。

 敬愛の目を向けられる度に、己の欲を嫌悪し、彼に助けられる度に、己の無力を嘆く。
 それを繰り返しているうちに、目黒はきっと、壊れたのだ。

そして、青山という光に背をむけていた白金を見つけ、親しみを感じた。
 そこにあったのは恐らく、仲間意識。同病相哀れむ、という言葉があるが、きっとそれだ。同情や共感はあっても、お互いに恋ではなかっただろう。
 しかし錯覚した。同じ傷を持つ仲間を見つけ、痛みを分かち合う内に、これこそが真実の愛であると。

「お前に屈する事は、死ぬより屈辱だと思っているだろうからな」

 目黒は、劉備玄徳にはなれなかった。
 関羽の武や孔明の知に嫉妬せず、泰然と構えていられる器ではなかったのだ。


 オレの言葉に青山は一度だけ、目を瞠る。
 丸くなった瞳をゆっくりと眇め、唇がにんまりと弧を描いた。ゾクリと背筋に寒気が走るような、恐ろしくも蠱惑的な笑みを浮かべ、青山は言った。
 

「それは僥倖」



 彼は毒を孕む花。
 破滅と快楽、どちらかを選ばせる麻薬の花。


 それを知りながら今日も、かの花の周りには人が集う。


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