Others
獣と姫君。
転生系主人公の話 その2。
狂おしい程の感情が、胸を締め付ける。
命尽きて、輪廻を巡り、また生を受けて尚。この魂は叫ぶのだ。愛おしいと。
「好きです」
真っ直ぐに相手の瞳を見つめ、オレは告げた。
相対する男の鋭い目が、くっと見開かれる。
「好きです」
言の葉を、重ねる。
胸の内から溢れ出そうになる気持ちを、全て吐き出してしまおうと、幾度も。
男は動揺し、瞳を彷徨わせた。
凛々しい眉は顰められ、精悍な頬は赤く染まっている。大きな体躯は、居心地悪そうにゆらゆらと揺れた。
いつもは真ん中に芯が埋め込まれているのでは、と疑いたくなる程に、姿勢の良い彼が。
躊躇う瞳も戸惑う表情も、剣道部の鬼部長と恐れられる人には見えない。
けれどオレの中にある、懐かしい表情とソレが重なった。
前の生を生きていた頃。
かつてオレが『私』であった頃。
彼は『剣道部の部長』ではなく、本物の『武士』だった。
しかもただの野武士ではない。名だたる大名にも望まれるような、腕の持ち主。百年に一人と言われる、本物の『天才』であり、血に飢えた『獣』であった。
朱槍を手に戦場で敵を数多屠り、駆けぬくような早さで、『彼』は出世。
そして、戦国大名の右腕とも呼ばれる地位まで上り詰めた。
『私』は、大名の三の姫。
そして『彼』のもとへ、降嫁する事が決められた姫だった。
血に飢えた獣と呼ばれていた『彼』へ嫁ぐ事を、周りの者たちは哀れだと言った。
成り上がりの狂犬に、高貴な血筋の姫君が嫁ぐなどと、悲劇以外のなにものでもないと。
けれど『私』は不幸ではなかった。
『彼』を愛していたから。とても強く深く、焦がれていたから。
その想いは、一度だって受け取ってもらえた事は無かったけれど。
『彼』は、妻である『私』に、指一本触れなかった。
そして、顔も知らない何処かの女性に産ませた子供を、後継ぎとして育てるように、『私』に命じた。
『私』に仕えてくれていた侍女は、『彼』の仕打ちはあんまりだと、泣いてくれた。
でも『私』は、嬉々として子供を育てた。愛する人の血が流れている子供が、とても愛しく思えたから。
今思えば、かなり狂気の沙汰というか、イっちゃってる思考回路だとは思うけれど。
でもきっと、今のオレも、同じ事をするだろうな。
幼い頃、『私』は『彼』に命を救われていた。
旅の途中で賊に襲われ、『私』は浚われた。幼子でも女は女。慰み者にされかけていた『私』を救ってくれたのは、まだ野武士だった『彼』だ。
全身血塗れで、どちらが賊か分からない有様だったけれど、手を差し伸べてくれた『彼』に、『私』は抱きついて泣いた。
困惑しつつも、髪を撫でてくれた『彼』に、『私』は恋をした。
それから『彼』は、『私』にとって絶対だ。
生まれ変わり、『オレ』になっても、その想いは消える事なく、強く、深く、胸に根差す。
まるで性質の悪い、病巣のように。
「どうか、お傍に置いて下さい」
「お前……」
「恋人としてではなくて、構いませんので」
そう、キッパリとオレが言い切った時、場の空気が凍った。
戸惑いながらも、柔らかかった先輩の表情が、固まる。
「……恋人じゃなくても、いい……?」
地の底を這いずるような低音が、呟く。感情を無理矢理押し殺しているのか、掠れたソレは、酷く聞き取りづらい。
オレを捉えた灰色の瞳が、ギラリと鋭く光った。
本来、オレのような弱者は、恐れるべきだろう。
生き物として備わっているべき本能があるならば、逃げる場面だ。
だが、ずっと前……それこそ彼と初めて出会った少女の頃から、オレは彼に対してのみ、危機感が欠如しているらしい。
血塗れだった出会いも、そして現在も、彼を怖がる事が出来なかった。
今にも噛み殺されそうな眼光と殺気を感じつつも、しっかりと頷く。
「元々恋愛対象として見られていないのは、理解しているつもりです。その上、今生は同性として生まれてきてしまいましたし」
「……」
「殿、じゃなかった。先輩と恋人さんの間を邪魔するつもりは、ございません。後輩でもパシリでも、何でも。お役に立てれば、こんなに嬉しい事はありませんし」
「……」
「あ、差支えなければ、恋人さんを紹介していただけると……」
「……」
「駄目、ですか。そうですよね……。危害を加える気なんて微塵もないのですが……。分かりました。信頼していただけるまで、待ちま……」
どんどん、辺りに漂う空気が、冷たく重くなる。
先輩は無言のままオレを睥睨していたのだが、途中でブチ切れたらしい。
ガンッ!!!と派手な音がして、オレの背後の校舎の壁が砕かれた。
オレを囲い込むようにして、両脇に着いた手。もしかしてこれ、壁ドンですか。このデンジャラスすぎてトキメキ要素が一欠けらもないコレが。
そろり、と横を向くと、指が壁にめり込んでいる。
うん。オレ終了のお知らせです。
死ぬのは嫌だな。せっかく傍に生まれ変われたのに。
でも、彼の手で終わらせてもらえるなら、それはそれで幸せかも。
ぼんやりとオレが見守る先、ゆっくりと顔を上げた彼が、オレを見る。
形の良い唇が紡ぐ、死刑宣告を、オレは待った。
けれど。
「……体は、どうだ」
「……はい?」
彼が絞り出すような声で吐き出したのは、意味不明な言葉だった。
体はどうだって、何ですか、殿。
顔は駄目だ。ボディにしろってアレですか。ボコり宣言ですか。
「体調はどうだと聞いている。今生は、健康なのか?」
「あぁ、成る程」
言葉の意味が、ようやく分かった。
昔、彼の妻であった頃、私は驚く程病弱だった。
一歩歩けば熱を出し、十歩歩けば吐血するような薄幸の美少女でした。嘘です。美少女でもないし、幸せいっぱいでしたが。
一番最初、殿との出会いの時も、病気療養で避暑地に向かう時でしたしね。
最初から最後、死ぬまで殿を心配させ続けた。
「えーと。小中と無遅刻無欠席の健康優良児です」
「本当にか?」
「はい。風邪をひいても『お腹出して寝てたんでしょ』って笑われる程度には」
そう言った途端、ふわりと体が浮遊した。
「うぇっ!?」
お姫様抱っこではなく、荷物みたいに、肩に担がれている。
動揺するオレに構わず、先輩はどんどん早足になった。むしろ駆けている気がする。
ガクガク揺らされて、目が回る。
でも気持ち悪くならない辺り、三半規管も丈夫になったんだね、オレよ。
「と、殿っ?どこ行くんですか?」
「舌噛むから、しゃべるな」
「じゃあもっと、ゆっくり……」
「うるせぇよ。お前、オレがどれだけ我慢していたか分かるか?」
ぎゅう、っと先輩の手に力がこもる。
背中に回された手は、火傷しそうに熱かった。
「身分が違いすぎて、近寄る事も出来ない女に惚れたお蔭で、オレがどれだけ頑張ったと思っている? 身分なんぞ邪魔なモンを自分から勝ち取りに行って、漸く手に入れて、オレがどんなに嬉しかったか! お前に分かるか!?」
「……え?」
先輩の言っている言葉が、上手く理解出来ない。
なんかこれ、オレの妄想が混ざってない? 妄想副音声が頑張りすぎてないか?
その言い方だと、オレを妻にする為に出世したって聞こえますが……?
「可愛い可愛いお前と、添い遂げられるのに、今度は後継ぎがどうのなんて言ってくる輩、全員ぶち殺してやろうかとも思った。あんなにか弱い女が、ガキなんぞ産める訳がねぇってのに」
あぁ。たぶん死んでましたね……。
出産どころか性行為に耐えられるかも分からないような、生命力のない女でしたから。
HPがスライム並な上に、常に毒ってるっていう。
……てか、あれ?
「殿」
オレは、殿の顔に手を伸ばす。
見られるのが嫌なのか、殿は俯いて、オレの手を避けようとする。
でも、残念。
オレが貴方を愛する事が、細胞レベルに組み込まれているように。
貴方はオレの我儘を拒めないんでしょう? 一度だって、約束を違えた事のない、優しい優しい貴方は。
ゆるく頬を撫でて、上向かせる。
可愛い可愛いオレの殿は、真っ赤に染まった顔で、オレを睨んだ。全く怖くないけど。
「オレを抱かない事も、子供を別の方に産ませた事も、オレの為でしたか」
「……違う。オレの為だ」
頑なに言って、かぶりを振る。
「子供なんていらない。お前を失う可能性が1パーセントでもあるなら、オレは、全て我慢出来た。例え気が狂いそうに、お前を抱きたいと思っても、お前がいなくなる事に比べれば……」
「馬鹿ですね」
くしゃりと歪む精悍な美貌を、両側から包み込む。
「貴方に殺されるのなら、本望でしたのに」
「!!!」
甘く詰れば、彼の顔が、これ以上ない位真っ赤に染まる。
何かを言いかけて、唇を引き結んだ彼は、再び走り始めた。
どこに向かって走っているかなんて、生娘のまま死んだオレに想像がつく筈もなく。
獣モードになった殿に、初めて恐怖を感じたりするのは、あと十数分後の話だ。
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