Others
エコロジー
転生系主人公の話 その1。
「オレと、付き合ってくれ」
放課後の校舎裏。遠くから運動部の掛け声が聞こえる。
オレの正面に立つのは、緊張した面持ちの男前。
180を超す長身に、逞しくも決してマッチョではない均整のとれた体躯。
彫りの深いエキゾチックな美貌に似合う、ワイルドなツーブロック。アクセサリーはゴツいシルバーのアクセサリー。
恰好良いが近寄りがたい、そういう印象を受けるこの男は、なんとうちの生徒会長様だ。
うちの学校オワタ。
学校一のモテ男と言っても過言ではないコイツが、何故オレなんかに……と普通ならば混乱するだろう。
喜びのあまり卒倒する子もいるかもしれない。
逆に、もしかして罰ゲーム?とかネガティブな方向に捉える子もいるだろう。
……だが生憎、オレには全て当てはまらなかった。
答えはずっと前から、決まっている。
だからオレは男前に向かって、ハッキリキッパリ言ってやった。
「無理」
その瞬間の生徒会長様の顔。呆然唖然、言葉の意味が理解出来ないといった表情の彼に、オレはもう一つ、駄目押しした。
「嫌。他、あたって」
滅多に見かけないレベルの美形を、切って捨てたオレに、憤りを感じる女性も多い事かと思う。
何で勿体無い!……そうキレる前に、オレの話を聞いて欲しい。
ちなみに少しスピリチュアルな方面の話なんで、嫌いな方は飛ばしてくれて構わない。
厨二乙wwと生暖かい目で見守ってくれてもいい。
オレには、前世の記憶がある。
それも1度ではなく、3回分の記憶が。
幼い頃からぼんやりと夢で見ていたのだが、それが所謂前世と呼ばれるものだと理解したのは中学生になってから。
ちなみに記憶は引き継がれたけれど、全てでは無いし、感情は引き継がれなかった。
だから前世と今がごっちゃになるとか、情報量の多さに狂うなんて事もないのでご心配なく。
オレの前世は、3回とも女性だった。
そしてそれぞれ小さな山や谷はあれど、概ね平和に生き、そして結婚。
けれどみな、そこから不幸が始まった。
必ず、旦那が浮気をする。
ベタですが、分かり易い不幸だ。
彼女達は絶望した。怒って泣いて、哀しんだ。
でもどの時代でも、男の浮気は甲斐性、と寛容にとらえられ、女性側からは離婚も出来ず結局は諦めた。
本当、初めて夢に見た時は、旦那を縊り殺してやりたいとさえ思ったさ。
あ、でもそれは、自分を不幸にしたからじゃなく、美人を不幸にしたから。
オレの前世である女性達はみな、とても綺麗だった。清楚で聡明。色気もあるし、一途で気立ても良い。
そんな美人を捨てるなんて理解出来ない。オレなら幸せにするのにと、歯噛みした。
念のため言うけど、ナルシストではないよ。
前世のオレの事は、自分自身というよりは、好きな映画やドラマの中の事。もしくは近い身内の体験談みたいなもん。
つまりは愛着はあっても、自分には投影出来ないって事。
おっと、話ズレた。
本筋に戻すけれど、この話が今の話に繋がる。
つまりは、
「……何でだ」
呆然とした顔のまま、オレを見て呟くコイツこそ、オレの前世の旦那……の魂を持っている男だったりする。
ちなみに3回とも、同じ。
オレの前世は3回とも、コイツの前世と結婚しては裏切られている訳だ。
高校に入って出会った時には、転校を真剣に検討したが、思えば今回は同性。オレも会長も同じ男だ。
もう心配あるまいとタカをくくっていたら……こうなった。
「何でって、なに。オレみたいな普通の男が、アンタのようなイケメンの申し込みを断る訳無いって?」
オレは眉を潜め、大きなため息を吐き出した。
面倒臭いと思う気持ちを隠しもせずに、瞳をふせ、ガリガリと頭をかきながら呟く。
「違うっ……!そうじゃない、リラ!」
「!!」
焦った顔で呼ばれ、オレは目を見開いた。
リラ、とはオレの名前ではない。今の一つ前の前世、綺麗な歌姫の名前だ。
つまりはこのクズ男も、前世を覚えている。
その前の生の事は分からないが、少なくとも前世でリラを裏切り傷つけた事を、知りながら、コイツは。
「……へぇー。知っていて、オレに付き合ってくれなんて言えたんだ」
「っ……」
「凄い。厚顔無恥も、極まれりだね」
ヒヤリとした声が出た。
自分の顔は見れないが、恐らく声以上に冷ややかだろう。
顔色を失くす男に、オレは嫌悪しか感じなかった。
「アンタの馬鹿馬鹿しい昼ドラに、オレを巻き込まないでくれる? 大好きな浮気相手も転生してるんだからさ、真っ直ぐに彼のところに行けばいいじゃない」
「違うっ!オレは!」
「離れ離れならともかく、タイミングよく転校してきてくれたんだし」
そう。何の因果か、浮気相手もいっつも同じ魂の持ち主。
毎度同じ奴と結婚して、同じ奴に奪われると。もはや呪いレベルの泥沼だよね……。
で蛇足だけれど、もういっちょ。
浮気相手の旦那さんも、同じ魂の持ち主。
さすがにそれを知った時、オレは笑ったね。なんという究極のエコロジー。
4個の魂で3回の修羅場。ブーイングを受けてもおかしくない程度のワンパターン。
ちなみに、30代後半で前世の記憶を思い出したリラは、同じく記憶持ちの旦那さん(浮気相手側)と飲み友達になっていた。
お互いの伴侶の愚痴を肴に、それなりに楽しそうではあったな。
もちろん、男女の仲には最後までならなかったけれど。
「オレは、お前の事が……っ」
「会長っ!!」
またも何か訴えようとした会長の声を、高い声が遮った。
その声の主は、オレと同じく男として生まれ変わった、話題の人物。浮気相手の魂を持っている少年だ。
柔らかそうなミルクティー色の髪と、同色の大きな瞳。幼さを残す顔立ちは可愛らしく、また、小悪魔的な魅力があった。
小柄で華奢な少年は、何故か大柄な男の腕を引っ張りながら、こちらへと向かってくる。
「……あーあ」
引っ張られて連れてこられた人物の顔を見て、オレは呆れ、脱力した。
全員、勢揃いとか、ないわー。
「会長っ、探していたんですよ!今日は校内を案内してくれる約束だったじゃないですかぁ」
「……すまない」
ぷんぷん、と効果音を自分で言いそうな浮気相手と、困り顔の元旦那。
その茶番を放置しオレは、漸く腕を解放されたらしい大柄な男に歩み寄った。
180超えの元旦那よりも長身。体格も絶対上。
同系統のワイルドな美貌だが、会長よりも甘く、艶がある。なんせ大人だから。
「なに捕まっちゃってんの。ドジなんだから」
「しょうがねえだろ?生徒に暴力振るう訳にもいかないしさ」
苦笑さえも格好良いこの人は、うちの学校の教師。
ドジなんて言葉が最も遠い、極上の男だ。
「それにお前が絡まれているのも見えたから、騎士(ナイト)よろしく救出に参上したってわけだ」
悪戯っぽく笑み、先生は本物の騎士のように優雅な礼をした。
堅気ではありませんと言われても納得してしまう迫力のくせに、妙に様になるな。
「誰が騎士だよ。先生はどう見ても魔王か盗賊でしょうが」
軽口を叩いて笑えば、仕返しだと言わんばかりに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「リラ!!」
鋭い声が飛ぶ。
見れば、射殺さんばかりの視線で睨む、元旦那。もとい会長。
「リラじゃねーし」
呆れたオレは、そっぽを向いて呟いた。
途端慌てて弁解しようとするが、その前に、先生が口を開いた。
「そう。コイツはリラじゃない」
「……先生?」
「そしてお前も旦那じゃないし、オレとそいつも、夫婦じゃない」
「えっ?」
今まで会長に擦り寄っていたくせに、先生の言葉に転校生は目をむいた。
信じられないと顔にかいてあるが、オレからしたら、お前の神経の方が信じられないよ。目の前で他の男に擦り寄っておきながら、どの面下げて。
「今回は、オレもコイツも、お前らの邪魔はしない」
な?とこちらに振られ、オレは反射的に頷いた。
「だから二人で、お好きなだけどうぞ。恋人宣言するもよし。同棲始めるもよし。何だったら海外行って、結婚でもしたらいい。オレ達はオレ達で、好きに生きるから、どうぞお気になさらず」
そう言って先生は、オレの手を取り歩き出した。
背後から追いかけてくる二人に、先生は一度だけ振り返る。
「伴侶を傷つけてまで、貫き通したかった恋愛だろう?……だったら今度こそ、お互いだけを見て生きればいい」
凍て付くような声と、表情。オレのなんか甘いもんだったと言わざるを得ない、恐ろしい位に冷徹な目をした先生は、そう言い捨てると、今度こそ振り返らずに歩き出した。
後ろ手にヒラヒラと手を振り、お幸せに、と投げやりに呟いて。
「……先生」
「ん?」
二人の姿が見えなくなってから、オレは先生の背中に呼び掛けた。
振り返った先生は、もう怖い顔はしていなくて安堵する。
良かった。傷付いていたら、どうしようかと思った。
「恋なんて、ロクなもんじゃないねー」
ため息交じりに呟けば、先生は苦笑を浮かべる。
浮気相手が何を思って、夫を捨てたのか知らないけれど、本当に馬鹿だと思う。
こんなにも良い男がいながら目移りするなんて。
「相手にもよるだろ」
傷付けられ裏切られたのは先生も一緒だろうに、そんな事を言う。
優しくて思いやりがあって、それ以上に強い人。
「そうかな」
オレは臆病になってしまっているから、まだ素直に頷いてあげられはしないけれど。
もし先生に好きな人が出来たのなら、ちゃんと祝福してあげる。……任せても大丈夫な人かどうか見極める為に、さんざん邪魔してからの話だけど。
そんなオレの悪巧みが伝わってしまったのか、先生はオレをじっと見つめたあと、意味ありげに笑った。
「お前を、これでもかって位甘やかして、幸せにしたい奴だっている」
「……そうだといいけど」
キッパリと言い切った先生に、オレは曖昧な返事をした。
何でそんな自信満々なんだか分からないけれど、恋愛は暫くいいや。
今はこうしてアンタとじゃれ合っているのが、一番心地いいから。
後々、彼がどうして自信満々だったのか、そして元妻に未練の欠片もないような素振りをしていたのかの理由を知る事になる訳だが……。
まぁそれは、蛇足って事で流そうと思う。
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