Others
14
リビング一つとっても、広すぎて身の置き所がない。
家具は確かに少なくて、3人掛けと一人用のソファーが一つずつ。ローテーブルに、大画面の液晶テレビ。あとは棚だけ。
階段状のキューブボックスの中には、物が入っていない。
まるでモデルルームみたいで、落ち着かない。
所在無く佇むオレの背を、慎さんが押した。
ソファーに腰かけたオレを残し、慎さんはキッチンへと向かう。
カウンター越しのオープンキッチンから、カチャカチャと陶器の触れあう音がした。
さして待つことなく、慎さんはリビングへ戻ってきた。
オレの前にマグカップを置いた慎さんは、すぐ隣へと腰を下ろす。
「飲め」
慎さんが淹れてくれたのは、ホットミルクだった。
彼とはどう考えてもミスマッチなそれを、オレはマジマジと見てしまった。
両手で持ってから、チラリと慎さんを窺う。
彼は真面目な顔で、熱いから気を付けろと告げた。
お礼を言ってから、口を近付ける。覚ます為に数度息を吹きかけてから、一口含む。
ホットミルクという慎さんらしからぬ飲み物は、甘さ控えめで、微かにブランデーの香りがした。
その辺りだけ、少し、慎さんっぽい。
「美味しい」
「そうか」
引き攣らず、笑えたと思う。
慎さんが、とても優しく笑ってくれたから。
大きな手が、がしがしとオレの頭を撫でる。
それだけで落ち着いてくるのだから、オレも現金だ。
「……慎さん」
「ん?」
「檀って、何考えてるのかな?」
「……」
マグカップの中の、白い水面を見つめながら、オレは呟いた。
返事はない。顔を上げて慎さんを見る勇気もなかったので、どんな表情をしているのか分からなかった。
「檀にとってのオレは、『可愛くない弟』だと思ってた。性格も合わないし、会話もない。繋がりといえば血くらいの、希薄な関係だけど……一応兄弟だと呼べるものだと思ってた」
でも、分からなくなった。
心のままに吐露する。慎さんは黙って、オレの話を聞いてくれた。
「何考えてるのか、全然分からない。だって檀は、何も言い訳してくれない。……昔、オレを置き去りにした時も、そう。何も言ってくれないから、分からないまま、オレと檀の間の溝は、絶望的なくらい深くなっていく」
ぽちゃん、と水滴が落ちて、ミルクの表面に、波紋が浮かんだ。
「杏……」
「いっつも檀は、何も言わない。憎んでも、逆に許そうとしても、同じ。オレの独り相撲で終わって、最後には虚しさしか残らないっ……!」
手の中のマグカップを、大きな手が持ち上げる。
それをテーブルに置くと、慎さんはオレをゆっくりと抱き寄せた。
「もう、信じる事も疑う事も疲れたから……だから離れようとしたのに。何で今更っ……」
「杏」
慎さんは、しゃくりあげるオレを上向かせる。
頬を流れ落ちる涙を、大きな手が拭う。見上げれば、困ったような顔した慎さんが、オレを見ていた。
「泣くな……」
何故かだんだんと、慎さんの整った顔が近づいてくる。
思わず目を瞑ると、熱を持った目元に、冷たい感触が押し当てられた。
「お前に泣かれると、どうしたらいいか分からなくなる」
頬に額に目じりに鼻先に、慰める為の口づけが落とされる。
それでもオレの涙は、壊れた蛇口みたいに止まらなくて。
気を失うまでオレは、慎さんにしがみ付いて泣き喚いていた。
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