Others
08
ゆっくりと、玄関の扉を開ける。
薄暗い室内に身を滑り込ませ、なるべく音をたてないように扉を閉めた。
玄関に人影はない。後ろ手に鍵を閉めて、オレは安堵の息を吐き出す。
大分遅くなってしまった為、絶対嫌味の一つや二つ、言われると思っていたのに。
忍び足でゆっくりと歩き、自室へと向かう。
「――杏」
「!」
リビングの横を通り過ぎて、階段を上り掛けたその時、低い声がかけられた。
安心した直後に時間差で声をかけられ、オレは息を呑む。
少し開いていたリビングのドアが大きく開き、会いたくない兄が姿を現す。
さっき通り過ぎる時、電気なんてついていなかった。真っ暗闇の中、何をしていたんだろう。
疑問が浮かぶ。顔をあげて兄を真正面から見れば、少し顔色が悪い気がした。
元々インドア派な兄は、日に全く焼けていなかったが、それを差し引いても白過ぎる。青白い顔は、生気というものが感じられない。
「……具合、悪いの?」
思わず気遣うような言葉を洩らしてしまう程度には、今の檀は、病人じみていた。
オレが突っかからずに心配した事が珍しかったのか、墨色の瞳が、瞠られる。オレを凝視した後、眉間にシワを寄せた檀は、ふい、と顔を逸らした。
「大丈夫だ。……それより、話がある」
相変わらずの、冷めた言葉。人が心配してやったのに、とも思うが、今更か。
リビングの電気をつけた檀に、座りなさいと示され、オレは不承不承、ソファーに腰を下ろした。
檀はテーブルを挟んで向かいに座る。
二人だけというのが、何か落ち着かなくて、オレは視線を彷徨わせた。
「……希名は?」
「友達のところだ。勉強会だとかで、泊まるらしい」
「へぇ……」
どうりで、物音一つしない訳だ。
というか、随分曖昧情報だな。
大切な希名を泊まらせるというのに、この過保護な男らしからぬ詰めの甘さだ。
まぁ、オレと違って信頼しているからなんだろうけど。
「ところで、話ってなに?」
静かさと気まずさに耐えかねて、オレは切り出す。
首の後ろを掻きながら、手短にして、と付け足した。
「家を出るというのは、本当か」
「っ!?」
檀の言葉に、オレは一瞬固まった。
咄嗟に反応出来ず動揺するオレを、檀は真っ直ぐに見る。睥睨するような強さの視線が、オレに刺さった。
まさかこんなに直ぐに、檀に伝わるとは思っていなかった。
十中八九、出所は希名だろう。
「…………」
思わずため息がこぼれる……が、特に弟を責めるつもりは無い。
いずれ檀にも伝えなければいけない事は分かっていたので、口止めはしなかったし。
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