Others
05
「バイトなんて、大学生になってからでも出来るでしょ?」
「……」
希名の言葉に、オレは明後日の方向を見ながら、頬をかく。
そういえば、希名にはちゃんと言った事無かったな……。
就職する事も、一人暮らしする事も。
言うチャンスがなかったのではなく、両親にやんわりと止められているからだ。
檀にも希名にも、一人暮らしする事は伏せておきなさい、と。
大学に行かずに就職する事を、檀は好ましく思わないだろうから、檀に黙っている事は異論無いが、希名にまで内緒にする必要はないと思う。
多少懐いてくれているとはいえ、檀には敵わないし。
希名には檀が、檀には希名がいれば十分だろう。
もうすぐ就活を始める時期でもあるし、丁度良いかもしれない。
「あのさ、希名。オレ、大学は行かない」
「え?」
突然切り出すと、希名は大きな目を、更に瞠る。
いきなりすぎて理解が追い付かないのだろう。パチパチと、長い睫が数度瞬いた。
「就職するつもり」
「え、え? そうなの……?」
「そんで、卒業と同時に、この家出る」
「えぇ!?」
続け様に言うと、希名はベッドから立ち上がる。
オレを見つめたまま、必死に言葉を探しているようだ。
「何でっ? どうして家を出るの?」
「就職先に近い場所で、一人暮らししようと思って。いつまでも親に頼る訳にはいかないし」
「そんな……就職しても、家から通えばいいよ!」
オレは苦笑して、緩くかぶりを振る。
両親が止めたのは、これを予想しての事だったのだろうか。
兄に甘やかされて育った希名は、人見知りで環境の変化を酷く嫌う、猫のような子になった。
心を許すのは、身内とごく少数の人間だけ。
そんな希名を置いて出て行く事は、少し不安ではあるが……早かれ遅かれ、こういう日は必ず来る。
兄弟皆、ずっと一緒なんて訳にはいかないんだ。
「自立する良い機会だと思って。家は檀が継ぐだろうし、どのみちオレはいつか出て行く事になる」
「それは……」
気の弱い希名だが、決して現実が見えていない訳じゃない。
オレの言いたい事は、ちゃんと分かってくれているようで、思案するみたいに、瞳が揺れた。
「遠くに行く訳じゃない。希名も、いつでも遊びにくればいいし」
「……ほんとう?」
「ああ」
緩く笑って言うと、希名は少しだけ表情を和らげた。
何とか話が収まりそうで、オレも安堵する。
希名は案外簡単に説得できたが、檀に言ったらどうなるだろう。
元々嫌われているので、一人暮らしについては、寧ろ推奨されそうだが。
進学しない件に関しては、口煩そうだ。
家の品位を落とすなとか、大学を出て一流企業に勤めろとか。考えただけで胃が痛くなる。
胃の辺りをさすりながら、オレは、そう遠くない未来を考え、ため息をついた。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!