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Others
04


「遅かったな」


 アルバイトを終え、自宅に帰ったオレを出迎えたのは、あまり顔を見たくない兄だった。

 眼鏡の奥の切れ長な墨色の瞳と、同色の真っ直ぐな髪。
 造作の整った顔は、良く出来た日本人形のようだ。

 普段無表情の彼は、不機嫌そうな表情で、オレを見下ろしていた。
 
 ただいま、と形式だけの挨拶をし、その横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれる。
 触れられた事に不快感を覚え、条件反射で払いのけた。


「何?」

「……バイトもいいが、勉強は疎かにしていないだろうな」


 檀は眉間にシワを寄せた厳しい表情で、オレを見る。
 対するオレも無表情のまま、鞄をあさり、紙切れを取り出した。

 これで満足かと、満点の答案用紙を突き付ける。
 踵を返し、無言で歩き出しても、檀は何も言ってこなかった。


「あ。お帰り、杏君」


2階にあがると、ちょうど部屋から出てきた希名と出くわした。

 弟は、檀と同じ色彩なのに、イメージが全く違う。
 気の弱そうな下がり気味の眉や、愛らしい大きな目。それから豊かな表情のお蔭だろう。
小首を傾げる様子は、庇護欲をそそった。


「ただいま、希名」


 軽く頭を撫でると、嬉しそうに顔が綻ぶ。
 そんなところも、可愛いと思う。

 一時期は、嫉妬や劣等感で避けたりもしたが、今は割と普通に接する事が出来ていると思う。

 勿論コンプレックスは未だに顕在だが、弟が悪い訳じゃないと割り切る事にした。
 弟の為じゃなく、自分の為に。
 これ以上、自分を嫌いになりたくなかったから。


「杏君、今日もバイトだったの?」

「もちろん」


 自室に戻り、鞄を机の上に置く。
 鞄の中にたたんで入れてあった制服を、ハンガーにかけた。

 慎さん家でバイトの時は、着替えを学校に持っていく。隣なんだから、家で着替えればいい話なのだが、極力家に戻りたくない。
 在宅仕事の檀に向かって、二回も『ただいま』なんて言いたくないんだ。


「そんなにバイトしてたら、体こわしちゃうよ。少し減らしたら?」


 ベッドに腰掛けた希名は、心配そうにオレを見た。
 オレは机に勉強道具を並べながら、苦笑を返す。


「平気。オレ、丈夫だし」

「駄目だよ! 放課後ずっとバイトして、家帰ってきても勉強してるし……杏君は、頑張り過ぎ!」


 本当に素直で可愛い弟だと思う。
 人見知りな希名は、オレにだけはハキハキ物をいう。自惚れでないなら、好かれていると思う。

 その辺りも、オレが檀に嫌われる要素の一つなのかもしれないが。


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