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Others
03


「お仕事、忙しいの?」

「何時も通りだな」


 軽く言ってのけるが、その『何時も通り』が、物凄く忙しいのだとオレにも推察出来た。

 慎さんは、オレの兄貴と同い年の27才という若さで、会社の社長さんをやっている。
 いわゆる、青年実業家というやつだ。

 仕事内容は詳しくは知らないけれど、情報処理関連なんじゃないかと勝手に予想している。


「……無理、しないでね」

「……」


 疲れているんだろうなぁ、と考えていたら、ポロリと呟きが洩れた。
 慎さんは肩越しに振り返り、僅かに目を瞠っている。

 ヤバい、余計な事言った。

 我に返り慌てるが、一度口から出てしまった言葉がなくなる訳もなく。
 小突かれる事を覚悟でギュ、と目を瞑る。

 だが、与えられたのはデコピンではなく、柔らかく髪を撫でる大きな手だった。

 開けた目に映るのは、優しい微笑。
 鋭い目を細め、僅かに口角をあげただけの微かな笑みに、オレは沸騰した。


「ありがとな」

「!」


 いつも思う。慎さんには敵わないって。

 ガキの頃から、兄貴が……檀が、与えてくれなかったものは、全部この人がくれた。
 誉める言葉も、頭を撫でる手も、安心感も満たされる気持ちも、全部。

 檀に置いて行かれ、寒空の中凍死しかけていた小学生のオレを助けてくれたのも、慎さんだ。

 寒いし怖いし、凄く惨めだった。

 誰もオレの事なんて必要ない。むしろいなくなった方が、喜ばれるかもしれない。
 そんな絶望に捕らわれていたオレにとって、血相変えて抱き上げてくれた慎さんは、神様みたいに思えたんだ。

 大丈夫か、死ぬんじゃねえぞって、真っ青な顔で抱きしめて、自分の家のお風呂にいれてくれた。
 服着たまま、二人でずぶ濡れになってたっけ。

 暖かい飲み物に、暖かな部屋。ずっと抱えていてくれる、優しい体温。
 自然と涙が出た。

 泣きじゃくるオレを、慎さんは黙って抱きしめてくれた。

 そんな優しくて恰好良い人を、好きになるなって方が無理だろう。


「……あ、のさ……慎さん、今日夕ご飯は?」


 真っ赤な顔を見られたくなくて、顔を背けて、適当な話題を振る。
 不自然なのは承知の上。


「勿論食う。今日は和食がいい」

「了解。じゃあ、家事始めるね」


 そそくさと部屋を出て、後ろ手に扉を閉める。
 そこで漸く力を抜き、オレは長く息を吐き出した。


 オレは慎さんが、好き。
 理想の兄貴としてではなく、恋愛感情で。

 自分の気持ちを理解したのと同時に、絶望した。
 だって、叶う見込みなんて、考える迄もなくゼロだ。

 慎さんは、金も地位もあるし、その上極上の美形だ。
 少々……いやかなり悪人顔だが、恰好良い事にかわりはない。

 当然モテる。スーパーモテる。ハイパーモテる。
 選り取り見取り、選びたい放題だ。

 そんな人が、10歳も年下の可愛げのない男なんて、相手にする筈がない。

 だからこの気持ちは、知られてはいけない。
 これからも、隣の家の面倒臭いガキとして、傍に置いてもらう為に。


「……よし!」


 パン、と両頬を軽く叩き、気合を入れたオレは、アルバイトである家事に専念する事にした。


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