Others
01
「西 藍人(ニシ アイト)って、杏ちゃんの兄貴なの!?」
「……」
オレは無言で、紙パックのジュースにストローを刺す。
頬杖をついた、やる気なげな姿勢のままソレを啜り、小さく『多分ね』と呟いた。
「テンション低っ!」
オレの前の席に座った友人は、手に持っていた雑誌をオレの眼前に付き付け、興奮気味に捲し立て始めた。西藍人が、如何に凄い人物なのかを。
西藍人とは、処女作『境界線』で鮮烈デビューを飾った作家だ。
出す本は全てベストセラーとなる売れっ子で、ジャンルは歴史小説、ミステリーだけに留まらず、恋愛やSF、と多岐にわたる。
支持層も幅広く、老若男女問わずの人気だ。
つい先日も、彼の原作の映画が、海外の映画祭の招待作品となったとか。
つまりは、本に興味のない人でも知っている、超有名作家な訳だ。
うちの長男、道明寺 檀は。
「この前出版された悲恋ものも、凄ぇ泣いたし!」
「ああそう」
ズズ、と最後の悲鳴みたいな音をたてて、中身の無くなったパックジュースが、ベコリとへこむ。
熱弁を奮う友人の手にソレを握らせて、捨てといてと呟くと、彼は目を丸くした後、肩を落とした。
「何でそんなに興味無いの」
拗ねた口調の友人は、明るい栗色の髪をガシガシとかき、長いため息をつく。
チャラい外見に似合わず、読書家の彼にしてみたら、自分の友人の兄が作家というのは、ビッグニュースだったに違いない。
でもオレにとっては、触れたくない話題だ。
兄貴の名前も兄貴への賛辞も、出来得る限り聞きたくない。
「オレ、兄貴嫌いだし」
何が西藍人だ。
もっと普通な苗字が良かったという憧れか、それは。ご近所さんで密かに『和菓子三兄弟』と呼ばれている事に対する反抗か何かか。
「……そうなの?」
吐き捨てるみたいに言うと、友人はキョトンと目を丸くした。
だが何故嫌いなのかと突っ込む事は無く、そっか、なら仕方ないねと、何ともアッサリその話題を取り下げた。
「そんだけ?」
「ん?そんだけだよ」
「……佐藤って変」
佐藤は、綺麗な顔を緩め、ニコニコと笑う。
高校に入って仲良くなった佐藤は、未だによく分からない男だと思う。
たまにテンション高くてウザいが、空気読みスキルが高い為、一緒にいて楽だ。
近すぎず遠すぎず、一歩分だけ隙間がある関係が心地よい。
「ところで杏ちゃん、今日もバイト?」
「んー。今日は、お隣でバイト」
「そっか。たまにはオレと遊んでね」
残念そうに言う佐藤には悪いが、オレの体が空く事はほぼ無い。
高校生になってからのオレは、部活にも入らず、バイト漬けだ。
勿論理由は、早く独立する為。
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