Others
2
獅子堂が開けてくれたスペースに、オレは遠慮無く座った。
そのまま重力に引かれる様に、背後へと体を倒す。
頭の下で腕を組んで枕代わりにしながら、チラリと獅子堂の横顔を覗き見た。
「…………」
獅子堂は、少し難しげな顔でノートを見ている。昼休みだというのに、どうやら真面目に勉強しているらしい。
その点も正直意外だった。
獅子堂の様な天才型の人間は、さして苦労する事なく何でもこなしてしまえる様な印象があった。
体育の授業で高跳びを計測した時、経験が無いと言いながらもアッサリと陸上部の記録を超していたせいかもしれない。
コイツが白鳥の様に水面下で足掻いている姿は、あまり想像出来なかったが、実は結構努力家なのか?
じっと見つめていると、獅子堂の目元にクマを発見した。
木陰で薄暗くてすぐには気付けなかったが、顔色も悪い気がする。
疲労が滲んだ顔で、獅子堂は眠そうに瞳を細める。
「……獅子堂」
「ん?」
小さな声で呼ぶと、獅子堂は返事をした。視線はノートに固定されたままだが。
「昼休みまで勉強しなくてもいーんじゃねぇ?お前も寝れば」
「…………」
一瞬、間があいた。軽く瞠られた目がオレを映す。
数度瞬き獅子堂は、苦笑を浮かべた。
「……そーもいかねーんだよ。オレ、生徒会の手伝いで、何度か授業抜けてるだろ」
そう言われて思い出した。
獅子堂は、一年の時から生徒会の仕事に携わっていた。勿論会長ではなく、役職的には補佐だったか。
今の会長が後継者として獅子堂を見出だし、早いうちから仕事を覚えさせるべく、一年だというのに容赦なくこき使われているらしい。
「他の教科はともかく……古文苦手なんだよ。空いてる時間に詰め込んでおかねぇと、置いていかれる」
「…………」
これまたびっくり。コイツにも苦手な科目とかあるんか。
オレは獅子堂の認識を改めた方が良さそうだな。
何でも器用にこなせる天才肌のオレ様かと思いきや、こいつ努力家で良い奴じゃん。
まぁ、意地っ張りっつーか、多少融通利かない面もあるみてぇだが。
青い顔してんだから、休める時休めばいいと思うが、これ以上言っても軽く躱されそうだな。
「……獅子堂」
「?」
もう一度呼ぶと、獅子堂は視線で何だ?と問い掛ける。
それには答えず、オレは脇に避けておいた缶を掴み、整い過ぎた顔の前に突き出した。
「……魚住?」
水滴のついたブラックコーヒーを見つめ、次いでオレへと視線を映した獅子堂の顔には困惑が浮かんでいた。
「やる」
「は?」
だんだんと眠くなってきたオレは、缶を突き出した格好のまま、ゆっくりと目を瞑る。
端的に呟いたオレに、獅子堂は更に疑問を重ねた。
「これ……」
「眠気、多少は飛ぶんじゃねぇの」
「!」
これから寝るオレには、必要無いモンだし。多少温くなってはいるが、その辺は大目に見ろ。
数秒の躊躇後、受け取ったのか、オレの指先から重みが消えた。
「悪ぃ。今、手持ち無いから、教室帰ってから返す」
「いらね」
「……魚住」
「ショバ代として貰っとけ」
それだけ言って、ゴロリと寝返りをうち、獅子堂に背を向ける。
ショバ代って、と笑い声が聞こえたが『昼寝のスペース半分譲ってくれてありがとう』なんて言う気力も無く。
眠気に負けたオレは、
「あんま、無理すんなよ」
それだけ小さく呟いて、眠りに落ちた。
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