Others
リトライしますか?
神様なんて、信じた事は無かった。
けれどその日オレの前に現れたのは、限りなくソレに近い存在だった様に思う。
簡潔に説明するなら、あの日オレ……魚住 蜜(ウオズミ ミツ)は死にかけた。
前方不注意のバカに背後から突っ込む様にぶつかられ、階段へとダイブ。掴まるにも手すりは遠く、ヤバイな、と自覚したのと同時に腕を掴まれた。
オレを力任せに引き上げてくれた親友のお陰で、オレは墜落死を免れた訳だが……代わりに今度は親友が落ちた。
オレを引き上げた反動で、多分踏み外したんだろうな。
何も出来なかった。
咄嗟に伸ばした手は空をきり、落ちて行くアイツを、ただ凝視するだけ。
そんなオレの前に、ソレは現れた。
カチリ、と音がして世界が、止まる。
周りの生徒も、空を飛ぶ鳥も、落ちかけていたアイツも。まるで良く出来た剥製か蝋人形の様に、微塵も動かない。
呆然とするオレに、ソレは声をかけた。
「選択、しなおす?」
ソレは、人の形をしていた。
ただし深くフードを被っていた為、顔は良く見えなかったが。体格や声からは若い男の様にも思える。
だが、今はそんな事どうだっていい。
「……選択?」
落ちた体勢のまま、空中で止まるアイツの傍らに立つソレは、口元だけで笑って見せた。
「君、動じないね。普通、何で止まってるの、とか、アンタ何的な質問を先にするんじゃない?」
「そんな事、どうだっていい」
本来なら、どうだって良くない。明らかな異常事態で、現状を把握するのは大事な事だ。
けれど今、大切なのは
後、数センチで、コンマ何秒で、死んでしまう親友の事だけ。
それ以上に、大切な事なんて
ない。
「選択、しなおせるのか!?」
必死な形相で身を乗り出すオレに、ソレは笑顔のまま頷いた。
「出来るよ」
「っ、」
あっさりと肯定したソレに、オレは一歩踏み出す。
だが『止まって』と言う一言に、再び足を止めた。
「オレ的にも、望ましいルートじゃなかったしね」
「……ルート?」
「うん。この世界の進む道筋って言うのかな」
そう言って、ソレは説明を始めた。
世界には、いくつもの未来が用意されていて、目の前の存在は、その選択を見届けたり、調整したりする役割を持つ者らしい。神様では無いと言ったが、充分薄気味悪い存在だ。
「この後、彼が死ぬと色んな方面に影響が出るんだよ。例えば、彼の母親は精神を病み、順当に育てば科学者となって画期的な発明をする筈だった弟の育児を放棄してしまうとか」
まるで一石を投じた水面の様に、波紋は広がっていく。
大袈裟な身振りで、三流の舞台俳優の様に語るソレに苛つきながら、オレは手のひらを握り締めた。
「御託はいい!時間を戻せるのか!?」
焦るオレに、ソレは大仰に肩を竦めて見せた。
せっかちだねぇ、なんて、ため息をつく仕草に、殺意が芽生えそうになる。
「戻せるよ」
「!」
「但し、それは落ちる直前ではない」
「……何?」
歓喜しそうになったオレは、続けられた言葉に固まった。
「進み始めた路を、多少戻った所で意味が無い。君がどう動こうと、彼は死ぬ」
「!」
「歩き始めた道を数歩戻った所で、その先に広がる道に変わりは無いだろう?……変えたいと望むなら、分岐点まで戻らなくちゃ」
「……分岐点?」
呆然と呟くが、ソレの言いたい事が、なんとなく理解出来ていた。
例えるなら、ノベル形式のゲームだ。
ルートに一度入ってしまえば、他のルートには行けない。
もしも、別の未来を選びたいと願うなら、
分岐点まで、戻らなくては。
「……それは、いつだ?」
.
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