Others 4 「な、……っああ!?」 ズン、と衝撃が襲う。 呆然と固まっていたオレの腰を引き寄せ、彼は深く抉った。 ギリギリまで引き抜かれていたソレで一気に貫かれ、上手く息も吸えない。 震える手に、指が絡む。 一本一本を絡め取る様に、しっかりと手を繋いだ彼は、真上からオレと視線を合わせた。 彼も苦しいのだろうか。 涙で滲む視界に映る彼は、痛みを堪える様な顔をしていた。 火傷しそうに熱の籠もった視線が、オレを射抜く。 「――伊都(イト)」 「……っ!?」 何で彼が、オレの名前を知っている? 「いと、いと、伊都」 何度も繰り返しながら、彼はオレに口付けた。 チュ、チュ、と音をたて上唇を吸い、舌でなぞり、下唇を食む。 侵入してきた舌は、ドロドロにオレを甘やかす様に、口腔内を愛撫する。 あまりの気持ち良さに意識を飛ばしそうななるオレだったが、希(コイネガ)う様な彼の瞳が強過ぎて。 「……ずっと、見ていた」 「っ、」 「学習塾が入っているビルの窓を何気なく見たら、月を見上げるお前がいた。……だから何だって話だよなぁ。……でもオレは、その日からお前を見てきた」 「……嘘、」 自嘲するみたいに、彼は苦笑を浮かべる。 言葉を紡ぐ合間に、オレの額や目蓋や唇に、雨あられの如く彼の口付けが落とされた。 慈しむように、愛しむように、彼の唇がオレの輪郭を辿る。 その唇が紡ぐ言葉が、信じられなくて。 オレは息を詰めた。 初めて彼を見つけた日。 月光浴する獣みたいに、綺麗で凛々しい横顔に見惚れた日に。 彼もオレを、見つけてくれていたなんて。 「偶々前を通り過ぎたコンビニにお前がいて、それ以来何となく其処を通る様になって」 オレも。 オレも、今まで以上に、あのコンビニに通うようになった。 「擦れ違う時に、耳を澄ましてお前の情報を拾おうと、馬鹿みてぇに必死だった」 オレも。 貴方の名前が知りたくて、どんな小さな事でも知りたくて。 必死に耳をすました。 「名前知れて嬉しい以上に、悔しくて。お前の隣でお前の名を当り前に呼べる奴に嫉妬したり……無様だな」 オレも、貴方の周りを囲む人達が羨ましかった。 「無様で臆病なオレは、たまにお前を見かける程度で十分だと言い聞かせていた。……んな訳ねぇのにな。車にひかれそうになったお前を見て、オレは頭が真っ白になった」 言われて、うっすらと思い出す。 車にひかれそうになったあの時、確かに『伊都』と自分の名を呼ばれた。それから突き飛ばされ、道に倒れた衝撃で気を失ったんだ。 ………ん? て、事はだ。 「……オレ、死んでない……?」 唖然としながら呟いた言葉に、彼は不機嫌そうに顔を歪めた。 「誰が死なすかよ」 え。え。え。 じ、じゃあ……この、目の前の彼は本物で…… 「…………」 繋いでいた手を離す。ゆっくりと彼の整った顔に触れると、彼は僅かに目を瞠ったが好きにさせてくれた。 額に浮かんでいた汗を拭い、頬を辿る。 幼子(オサナゴ)がするみたいな稚い手つきで頬を擦ると、彼の鋭い瞳が揺らぐ。 「伊都」 懇願するみたいな声だった。 耳から侵食して、オレのすべてを溶かしてしまいそうな、甘く切ない声音。 「いと、――伊都」 手のひらに唇が触れる。 彼は瞳を伏せ、何度もオレを呼んだ。 「……怖がられてもいい。嫌われてもいい。お前を手に入れようと思った。何があってもお前をなくさない為に、手が届く位置にいようと」 「………あ、」 「許さなくていい。だが疑うな。………愛して、いるんだ――伊都」 「……っ!!」 ボン、と音がしそうな位、一瞬で熱が顔に集まる。 目眩がしそうだ。 こんな熱烈な告白をしてくる彼が、本物の彼だなんて、 オレの事を、好きになってくれていたなんて。 オレのキャパを、とっくに超えている。 「!?伊都…!!」 焦った様な彼の声を聞きながら、オレは再び意識を手放した。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |