Others
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「お、当たった」
そう一人呟きながらオレは、足を止めた。
目の前の信号はカチカチ点滅している。夜中な為、交通量はさして多くは無いが、この暑い中、わざわざ走りたく無い。
近くのポールに寄りかかりながら、行き交う車をぼんやりと見る。
もう日が沈みきってから随分経つと言うのに、靴底から伝わってくるアスファルトの熱に不快感を感じながらも、オレはもう一度手元の木の棒へと視線を移した。
塾帰り、何時も寄るコンビニで、何時もと同じアイスを買った。
ただ一つ、何時もと違ったのは、木の棒に書かれた『当たり』の文字。
「…………」
へらり、と口元が緩む。
たかがアイスが一本当たった程度で、我ながらなんて単純なんだろうと思う。
でも、今年に入って既に三ダース以上の売上に貢献している身としては、たかが当たり、されど当たり、だ。
まるで、猫目ツインテール、ツンデレの幼なじみの美少女が、ほんの少しだけデレてくれた様な達成感がある。妄想だが。
そんな少しだけ特別な当たり棒を握り締めたオレの目の端に、閃光が過る。
「……っ?」
車のライト、そう思った瞬間にはもう、目の前には車があった。
ハンドル操作を誤ったのか、何かを避けようとしたのか、子細は分からない。
だがその車が、信号待ちをしていたオレの所に突っ込んで来たのは紛れもない事実。
激しいクラクション、タイヤの滑る渇いた音、悲鳴と怒号、色んな音を聞きながら、オレは思う。
アイス一個当たった程度の幸運にしては、でかいツケ払わされたなぁ、
なんて。
死後の世界について、深く考えた事は無かった。
スピリチュアルな世界には、それ程興味は無かったし、現実世界を悲観していた訳でもなかったしね。
ただ漠然と、静かで穏やかな世界なんじゃないかと言うイメージがあった。
……でも今オレが置かれている状況は、真逆。
一番最初に認識出来たのは、異様な熱さだった。
まるで熱で溶けだしたチョコレートの様に、ドロリとした熱に侵食されて、頭も体も動かない。
「……っ、は…」
渇いた音が唇から洩れる。
熱で擦れたそれが耳に届いて、もしかして生きているのかオレ、と一筋の光明がさした。
でも直ぐに、淡い期待は打ち破られる。
ゆっくりと瞳を開けたオレの視界に、あり得ないものを見たから。
「……っ、!?」
視界一杯に広がるのは、何時も遠くから見ていた美貌。
くっきりとした二重の、吊り上がり気味の瞳。目元の泣き黒子。
何時もは後ろに流している前髪が下りていて、色気は倍増。
いや、色気の原因はそれだけじゃない。
淡く上気する目元や、悩ましげに寄せられた眉間のシワ。額に浮かんだ汗が頬を伝い顎からポタリと落ちる。
明らかに情事を彷彿とさせる。女の子達が一目見たいと願う、彼の姿が目の前にあった。
……幻でなければ、夢決定。
こんな事が現実にある訳無い。
こっそり憧れているだけだと思っていたのに、オレの想いはどうやら後戻り出来ないものになってしまった様で。
憧れの彼を汚してしまった様な罪悪感だけが、胸を占め、
オレの口から無意識に、懺悔の気持ちがこぼれ落ちた。
「……ごめ、ん…なさい……」
「…………」
彼が止まる。
まるで獣の様に純粋な欲を浮かべていた、彼の切れ長な瞳が瞠られた。
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