Others
4
精一杯の力で煉を突き飛ばし、オレは肩で息をする。
「…………ふざけるな。」
涙を拭って、オレは煉を睨み付ける。
今だけは、本気で煉を憎めそうだ。
「一体何のつもりだ。…なんの冗談だこれはっ…!」
「……………。」
煉は、だんだんとヒートアップするオレをじっと見つめたまま、何も言わない。
言い訳すら、無い。
それが答えのようで、オレは胸の痛みに泣きたくなった。
たった一人恋う相手に、失恋どころか当て馬扱いだなんて…自分の道化っぷりに怒りを通り越して、笑えてくる。
「恋しようが、どんな駆け引きをしようが、それはお前の勝手だ。…だがそれにオレを巻き込むな。……こんな扱いを受ける程度の存在なのか?お前にとってのオレは。」
「違う。」
「っ…!!」
取り乱す様子も無く、真っ直ぐにオレを見て一言で否定した煉に、オレはついに激昂した。
「何が違う!?当て馬扱いしておいて戯れ言を言うな!!」
「そんな扱いはしていない。」
「嘘だっ!!お前は嘘つきだ!!」
「……それは否定しない。」
「っ…、」
嘘つき、と糾弾しておいてオレは、肯定されてしまった事に言葉を無くす。
呼吸が止まってしまいそうな、強い痛みが、胸を刺した。
「…オレはお前に、嘘をついた。……すまない。」
「………………、」
煉は潔く頭を下げた。
そうやって馬鹿正直に謝られてしまっては、責める言葉に詰まってしまう。
…………ずるい。
この胸の痛みを、たった一回の謝罪で忘れろというのか。
たった一回の謝罪で、
お前を……諦めろというのか…?
「………っ、」
嫌だ。
嫌なんだ、煉。
お前の恋の応援なんて、したくない。
お前を諦めて、友達のまま隣にいるのも、もう苦しいんだ。
「…………………、」
嗚呼、――でも、
お前の傍を離れるのは、もっと嫌だ。
「…颯、オレは、」
「……もう、いい。」
真剣な目で、何かを言おうとした煉を遮り、オレはそう呟く。
「……颯?」
「…謝罪は受け取った。この話はここまでだ。」
怪訝そうな煉とは視線を合わせずに、オレは極力普段通りに見えるように振る舞い、話を一方的に切り上げた。
「ちょっと待て。」
「終わりだと言ってるだろう。…もういいから、次はこんな事に巻き込むんじゃないぞ。」
何故か厳しい顔付きの煉を一瞥し、オレは眼鏡をかけて立ち上がる。
煉はまだ何か言っているが、聞く気は無い。
…もう、この話をするのは嫌だ。辛い……痛いんだ。
「待てっつってんだろうが!!」
ガッ、と肩を掴む煉から顔を反らし、オレはその手を叩き落とした。
「しつこい。…オレはもう話なんてない。」
冷たく言い捨てて、オレはその場を足早に去る。
もう、一分一秒たりとも、此処に居たくなかった。
「………、」
滲みそうになる涙を堪え、眉間にシワをよせながら、オレは校舎へ向かう。
生徒会室に置いてきた鞄を回収して、さっさと寮に戻ろう。
今日はもう、誰にも会いたく無い。
そう心に決め、息を吐き出した瞬間、
「……っ!?」
フワリ、と体が宙に浮いた。
「……な、」
絶句するオレの至近距離には、怒気を帯びた煉の顔。
抱き上げられている、と気付くまでに数秒かかった。
「なに、して」
「煩ぇ。」
煉はオレを抱えたまま、踵を返し、違う方向へと歩きだす。
寮への帰り道であるその道は、今は人通りが少ないとはいえ、皆無では無い。
現にチラホラいる生徒らは、何事かと此方を凝視している。
「…っ、煉降ろせ!!!…見られている!!」
「知るか。…見たけりゃ見せとけ。」
バンバンと強めに背を叩いても、煉の腕はビクともしない。
オレが焦るのとは対照的に、煉は堂々としたものだ。
寧ろ不都合があるのは、コイツの方なのに。
「ただでさえ誤解されているのに、これ以上は不味いだろう!!駆け引きどころか、信じてもらえなくなるぞ!?」
「………………。」
オレが必死にそう言えば、煉はピタリと足を止めた。
それにオレが、ホッ、と息をつくと、煉はじっとオレを見る。
「煉…?」
「オレが誤解されたくないのは、お前だけだ。」
「…………え、」
「信じて欲しいのも、お前だけ。…あとは誰にどう思われても、痛くも痒くもねぇよ。」
「……れ、」
煉、と呼ぶ事はかなわなかった。
音が形になる前に、再び煉によって、唇を重ねられる。
人目がある事も、噂の事も、一瞬頭から消え去った。
『お前だけだ。』
その言葉に、泣きそうなくらいの喜びを感じてしまったオレは、
本当に、
どうしようもなく愚かだ。
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