Sub
シガレット
第2位 桐生鴇
※恋人設定です。
働いている男は、恰好良い。
電車内の吊り広告の見出しにでもなりそうなキャッチフレーズが、頭を過る。
コーヒーを味わっている風を装いながら、ちらりと覗き見る先。
ノートパソコンに向かう横顔に、オレは見惚れた。
普段の飄々とした表情ではなく、真剣な顔。眉間にシワが寄っていて目付きが悪いが、それがまた格好良い。
考え事をしている時のクセなのか、男らしいラインの顎を長い指が擦る。
桐生センセは暫し止まった後、懐に手を突っ込んで、何かを取り出した。それはセンセが好んで吸う銘柄の煙草だ。
とん、と慣れた手つきで叩くと、一本飛び出したソレを咥える。
流れるような動作で火をつけようとして、彼はふと、手を止めた。
「……?」
躊躇う仕草をしたセンセは、チラリとオレを見る。
目を丸くするオレが疑問を口にする前に、銀のジッポーはしまわれてしまった。
彼は咥えていた煙草を、灰皿の縁に置き、何事もなかったかのように仕事に戻る。
「センセ?」
「んー?」
再び画面に向かい、ブラインドタッチで打ち込みを開始したセンセは、おざなりな返事を寄越す。視線はこちらを向かない。
別に構って欲しい訳ではないので、特に思うところはないが。
「吸わないんですか?」
「今はな」
今は、という事は、禁煙している訳では無いのか。
そんな話は聞いていないし、持ち歩いている事から考えれば、可能性として薄い。
また、さっき自然に手を伸ばした事から察するに、吸いたくないという事でもないだろう。
仕事で煮詰まると吸いたくなるって話も、聞いた事あるし。
別に掘り下げる話題でもないけれど、単純に気になって、何でと聞いた。
それに対してセンセは、単純明快な答えを投げて寄越した。
「嫌いだろ」
「え?」
「煙草。凛ちゃん、嫌いだろ」
え。オレの為?
もしかしてさっき、オレを確認したのって、そのせい?
ワイルドな外見に反して、意外と紳士的なセンセらしいっちゃ、らしいけど。
なんか申し訳ないかも。勝手に邪魔してるのに。
「気にしなくていいですよ。確かにオレは嫌いだけど、それを強制するつもりはありません」
まぁ、健康の事を考えると、止めて欲しいと思うのが、正直な感想ですが。
それでも徐々に、って思ってる。いきなり全部取り上げるのは、流石に。
吸わない人間には分からない、辛さってのもあるだろうしね。
本心からそう言えば、センセはオレの方を向いた。
「オレが嫌なの」
「へ?」
意味が分からなくて目を丸くすると、センセはにやりと口角を吊り上げた。人の悪い、意地悪な顔で笑う。
「好きな子に嫌われる要素は、どんなに小さいもんでも排除しておきたいだろ」
「!」
……なんて恥ずかしい人だ。
赤面するオレとは違い、センセは全く照れる様子もない。
流石、大人。経験値が違い過ぎる。
涼しい顔で仕事を続けるセンセの横顔を見ながら、オレはぼんやりとそんな事を考えていた。
「……」
煙草を控えてもらえるのは、嬉しい。
でも少し、ほんの少しだけ残念かも。
「センセ」
「んー?」
相変わらず、おざなりな返事。
まぁオレも、ぼんやりしているから、いいけど。
「咥えるだけなら、煙出ないし、大丈夫ですよ」
「ん?」
変な事を言い出したオレに、センセは視線を向ける。煙草を手に取って、暫し考え込んだあと、咥えた。
またしても、からかうような笑みを浮かべ、片目を瞑る。
「何だ? 煙草吸ってる先生は、格好良いか?」
思いっきり茶化す気満々の言葉。でもオレは、あっさりと頷いた。
「うん。凄い恰好良い」
「!」
センセの切れ長な瞳が、瞠られる。
驚愕の表情を張り付けたセンセの口から、ポロリと煙草が落ちた。
片手で顔を覆い、俯いたセンセは、長く息を吐き出す。
「センセ?」
「……お前さんは、オレをどうしたいんだ」
別にどうもしたくないけど。
センセが『恰好良い』なんて言われ慣れている言葉で動揺するなんて、思いもよらず首を傾げていると、立ち上がったセンセは、オレの隣に荒々しく座った。
センセはオレの背後の肘かけに手を付き、覆い被さるみたいに密着する。
伸びて来た手が、オレの顎を掴み、上向かされた。
少し強引な仕草に目を丸くしていると、センセの端正な顔が近づいてくる。
唇が重なるまで後、数センチ。
オレは大人しく目を瞑る……事なく、センセの顔を手でブロックした。
「……おい」
ギロリと睨んでくる目。その表情は、堅気とは思えない程怖い。
でも臆する事無く、オレは笑った。
「煙草を吸うセンセは恰好良いけど、オレ、煙草の臭いと味、嫌いなんです」
キスはまた今度。
そう告げると呆気にとられていたセンセは、据わった目で立ち上がり、机の上に置いてあった煙草を箱ごとゴミ箱に捨てた。
禁煙するわ。と呟いた言葉が、低すぎて、迫力満点。
オレは彼に気付かれないように、ひっそり笑う。
ごめんなさい。
どうもしたくないってやつ、やっぱり撤回。
いつも大人で数歩先を歩く貴方を、たまには
翻弄してみたかったんです。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!