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母
「…オレね、愛人の子なんだ。」
所謂、妾腹ってやつ?
しずかちゃんは、そう軽く言って笑ったが、その瞳は何処か哀しげだった。
離れに帰る道すがら、しずかちゃんはポツポツと、自分の事を話してくれた。
「物心つく頃からずっと、オレの世界は、あの狭い離れの中だけだった。…母と二人きり、音の無い、とても寂しい世界。」
言われて思い起こすのは、初めてあの離れを見た時に浮かんだ寂寞。
胸の痛くなるような、静謐しかない場所。
「世間体を考えて、人並み以上の教育は受けさせられたけど、それだけ。…近寄りもしない父と、激しい憎悪と嫌悪を向けてくる正妻と腹違いの兄。使用人からの、好奇まじりの侮蔑の瞳。……オレは、ずっと分からなかった。何で、生きているのか。何で、オレは生まれたのか。」
「…っ、」
オレは、何も言えなかった。
出来たのは、無力な手で、彼の手を握る事だけ。
「…………。」
それでも、しずかちゃんは、ぎゅっと握り返してくれたから。
だからオレは、泣かないように歯を食い縛りながら、ただ彼の話を聞いていた。
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