小説
寒い夜は(慶次)
『あー、寒い…』
十一月の下旬。
午後七時。
もう、空は真っ暗だ。
仕事を終え家路へ向かう為に職場の建物から外へ出る。
その刹那に漏らす一言。
この間まで夏だった様な気がするのに、気付けばもうコート無しでは過ごせない。
『うっし』
首に巻いたマフラーをキュッと巻き直し、駅へと向かう。
吐く息が白い。
手もだんだんかじかんで来た。
こう云う日はあったかいお風呂に入って、酒でも飲んで、毛布に包まって寝たい。
あ…、あいつが横に居たらもっと良いけど…。
三駅電車に揺られ、駅から家までの途中に有るスーパーでビールとつまみを買う。
会計を済ませ、スーパーを出て家路を急ぐ。
ふと空を見上げると、星が二・三輝いていた。
胸がきゅんと締め付けられる。
暗い夜道を歩いて居ると、本当に一人ぼっちな気がして嫌になる。
あいつは、今何をしているのかなぁ…などと考えながら歩いているともうマンションの前。
オートロックを開ける。
エレベーターに乗り、三階を押す。
エレベーターが上昇する。
早く家に入りたいと云う気持ちと、家に帰っても一人なのを確信させられる思いとで葛藤する。
こんな時は、あいつの楽天的な性格に救われたい。
はははって笑う声と、自分を包む大きな体に甘やかされたい。
『あたしも、弱くなったよなー』
いつになく人恋しい自分を笑いながら、鍵穴に鍵を差し込んだ。
と同時にドアが開いた。
『?!』
予期せぬ出来事に一瞬頭がパニックになる。
さもなくドアから見慣れたあいつの顔が覗いた。
『慶次…?』
『お帰りっ。』
へへっと悪戯っぽく笑う。
『何で?今日は、真田君とかと遊びに行くって言ってたじゃない?』
ああ…と返事をして、あたしの目を真っ直ぐ見て云った。
『何か、蓮見ちゃんの事が気になってさ。今日は一段と寒いし、蓮見ちゃん、寒いの嫌いだろ?俺が暖めてあげないとなーってね!』
ニカッと笑う。
ああ、あたしの求めていた笑顔。
とてつもない安堵感に包まれて、思わずその場にへたりこんでしまった。
『蓮見ちゃん?!』
『あ、ははは…。』
慶次があたしを起こしてくれる。
今一番欲しい物に触れられた喜びに泣きそうになる。
そのまま、慶次に抱き着いた。
『一体どうしたんだい?蓮見ちゃん?』
『んー…』
『疲れたのかい?一杯やるだろ?つまみ作ったからさ』
ああ、もう。
あたしが欲しい一言をくれる人。
『飲むよー。あたしも酒買って来たっ!』
『お、やるねぇ』
あなたの一言で、全部吹っ飛ぶ。
もっと、全部包んで欲しいよ。
寒い、こんな夜は、あったかい、笑顔で。
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−−あ、あたしお風呂先入ろっかな。
−−良いねえ。一緒に入るかい?
−−え!!
−−へへへっ。
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