[通常モード] [URL送信]
…5-6



「…………」

「…………」


互いに驚いたのだろう。目を逸らすことも出来ず、ただ見つめ合う。

しばらく、微妙な空気が流れた。


「……あ、…お疲れ様。以蔵もお買い物?」

「あ、あぁ…」

「こんな所で偶然会うだなんて…もしかして、自宅がこの近く?」

「いや…家はここから二駅先に在る」


二駅先…


「そうなの?」


会社帰りに寄ったという風にも見えないし、
駅からも大通りからも離れた場所にあるこのコンビニに、わざわざ来たとなると…

目当ては、コレか

私は、陳列棚に手を伸ばすと、よく冷えた瓶を手にする。
それを、以蔵に差し出した。


「…どうぞ。わざわざこのコンビニに来たのは、これが目当てだったんでしょ」


高知の人は、このジュースに余程の思い入れがあるのか
龍馬さんと同郷である以蔵までも、このジュースが好物なんて…

社内では、コーヒーしか口にしている姿を見ていなかったので、なんだか意外で
思わず笑みが漏れる。


「ち、違う…っ!これは、頼まれただけで…っ」


必死に弁解する以蔵の姿も、珍しいやら可愛いらしいやら

はいはい。と頷く私に、以蔵は更に頬を赤くして忌ま忌ましく吐き捨てた。


「だから、アイツの使いパシリは嫌なんだ」

「アイツ?」

「…何でもない」


と、あからさまに目を逸らす以蔵

この慌てぶり…以蔵が『アイツ』と呼び捨てる相手
…なにより、このジュースが好きな人間

…そうか。

以蔵は、本当に頼まれただけだったのか…おそらく龍馬さんに


「……ついでに」


私は、陳列棚からもう二つ、今度は紙パックの野菜ジュースを手に取ると以蔵に再び差し出した。


「これも、アイツに渡して下さい。柚子もいいけど、野菜も摂って……健康管理には気をつけてと。もちろん、以蔵も」


以蔵は、しばらく私と野菜ジュースを交互に見比べる。
ややあって、フッと小さく息を漏らす気配が伝わった。


「……わかった」


…以蔵のこんなに柔らかな表情を、私はかつて見たことがなかった。

いつも、どこか冷めたような、そんな目をしていたのに
温かな日だまりのような眼差し向けられて、少しばかり戸惑ってしまう。

やっぱり居心地が悪くて思わず視線を逸らしていると、以蔵は私の手から1パックだけ野菜ジュースを受け取った。


「だが…俺の分は入らない」

「どうして?」

「……パッケージに人参の絵がある」


人参?


「苦手なの?」

「…………」


私の問い掛けに、罰が悪そうに顔を歪める以蔵

好き嫌いは駄目、と言いたい所だけど、あまりにも嫌そうに顔をしかめるものだから…これはタダの食わず嫌いという訳ではなさそうだ。

私は、受け取ってもらえなかった野菜ジュースを陳列棚に戻す。

そして、いくつか並べられている野菜ジュースの内から1パック、人参が入っていないものを差し出した。


「じゃあ、こっちなら大丈夫ね?」

「……意外に節介焼きなんだな」

「よく言われるわ」


私の発言がまた意外だったのか、以蔵は目を瞬かせるが、
口の端を少しだけ緩めて野菜ジュースを受け取る。

以蔵に野菜ジュースを渡すと…あんなに落ち込んでいた気持ちが少しだけ軽くなったような、そんな気がした。


「…それじゃあ。おやすみなさい」


ジュースの代金を渡すと、一礼して踵を返す。
レジに向かう足は、以蔵に取られた腕によってすぐに止まった。


「待て。………家まで送る」



************



近いから構わない。という私の主張は無視され、ポンと手渡されたフルフェイスのヘルメット

バイクで来ていたのかと、以蔵に向き直ると、
月明かりに照らされた赤い色が鮮やかな、なにやら個性的な形をしたバイクが目に入った。

ドゥカ…ティ?

赤い車体に白のロゴ
聞いたことのない名前に、興味を惹かれたのだけど…


「…ココに乗るの?」


バイクとは、こういう物なのか…
随分、前傾姿勢なシートに戸惑ってしまう。

これは…かなり体が密着するんじゃ…


「早く乗れ」


ジャケットを羽織った以蔵に急かされて、慌ててシートに腰を落とす。

腰に手を回せとの指示に従うと、案の定体がピタリと密着する。

広い背中から、温かな以蔵の体温が伝わってきて…なんだか落ち着かない。


「……お前、…」

「どうかした?」

「……いや、何でもない」


以蔵も落ち着かないのだろうか。


「落ちるなよ」


それだけ言い捨てると、すぐさまバイクを走らせた。


「わっ!!」


爆音と共に周りの景色が凄まじい勢いで流れていく。

打ち付けられる風圧に体を持っていかれないよう、無我夢中で以蔵の体にしがみついて

やっとバイクが止まったかと思うと、そこは見知らぬ住宅地だった。


「ここからは、住宅街だ。深夜に爆音鳴らして走る訳にはいかないからな。バイクを押していくぞ」

「それは、構わないのだけど…」

「なんだ?」


ヘルメットを外して以蔵はこちらに振り返る。


「………ここは、どこ?」


見たこともない景色。

もちろん以蔵には住所を伝え、以蔵もわかったと応えていたのだけれど

道を間違えたのだろうか。
いや、それにしては以蔵の態度がおかしい。

私の問いに、以蔵は口の端を静かに緩めて


「ウチの近所だ」


フッと息と笑みを漏らした。


「え?」


どういうこと?
問いただそうと私が口を開く前に


「直接、渡せ」


ポイと以蔵が投げてよこしたのは、先程の柚子のジュースと野菜ジュース


「アイツ…龍馬なら、今ウチにいる」


龍馬さんが…以蔵の家に…

ドクン。心臓が一つ大きく鳴った。

龍馬さんに会える…!

けれど


『龍馬は、君が仕事で成功することを望んでいる』

『龍馬には、もう関わらない方がいい』


武市さんの言葉が脳裏を掠める。


私は…龍馬さんに会わない方がいいのだろう…


「ごめんなさい…私は渡せない」


頭を垂れ小さく首を振る。
しばらく、沈黙が続いた。


「……人に何を言われようが」

「え…?」


随分、近くから声が下りてきたものだから、思わず顔を上げる。

いつの間にか、私の前に以蔵は立ち留まっていた。

月を背にし、以蔵の瞳が深く濃く輝く


「例え、武市先輩のお言葉であっても」

「…………」


……どうやら、以蔵はあの場にこっそり居たらしい



「お前はお前だろう。自分の感情に素直になったらどうだ?」



自分の感情に素直に…


まっすぐに向けられた強く厳しくでも暖かな眼差しに、胸が揺れ動く。


「私が、感情に素直に従ったら…龍馬さんを止めてしまうかもしれない」


以蔵の優しさに引きずられて、吐露した言葉は酷く情けない。

けれど…


「それで、いいんじゃないのか」


呆れる訳でもなく、以蔵はただ静かに頷いてくれた。

しばらく、互いに見つめ合うと
以蔵は、踵を返し月明かりに照らされた道をバイクを押して一歩一歩、歩いて行く。

その広くて力強い背中を眺めていたが、私は意を決して以蔵の後を追いかけた。



「…なんで、涼子さんがここに…」


久しぶり…と言っても実質1日しか経っていないけれど
それでも、もう長い間声も姿も見ていなかったような錯覚に、胸が締め付けられる。

目の前で、鳩が豆鉄砲を喰らったとばかりに呆然と立ち尽くす龍馬さんに、私はひとまずコンビニの袋を掲げた。


「差し入れです」





[*前へ]

7/7ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!