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…2-2



契約を反故…――


「どういうことッスか?武市主任」

「薩摩会とは、仮契約を結んでいるはずですよね。薩摩会側が違約金を払って、ウチとの契約を解消するということですか?」


言葉の意図が図りきれず尋ねると、
武市主任は静かに首を横に振った。


「いや、違う…」

「薩摩会側は、そもそも仮契約を結んでいないと言い出した…」

「なっ…!?」

「そんな…っ!!むちゃくちゃッスよ!」


契約自体をなかったことにするつもりか…!

上得意先である薩摩会に、ウチが頭が上がらないからって…
いくら何でも横暴だ…!


「…後藤部長は、なんと言うちょるんじゃ?」

「………薩摩会に従えと」


あの…タヌキオヤジ…っ!!
さてはアイツもグルか…!

怒りが一気に脳天まで駆け巡る。

私は唇を噛み締めると、踵を返した。


「楢崎主任!どちらへ…っ?」

「タヌ…後藤部長に事実関係を確認してきます!」

「待つんじゃ、楢崎さん!」


突然、腕を掴まれたかと思うと
坂本主任のいつになく真剣な瞳に捕らえられる。


「離して下さいっ!」

「落ち着くんじゃ。後藤部長を問いただした所で、現状はなんも変わらんじゃろう…」

「……っ!」


…確かに坂本主任の言う通りだ。

あの長いものには巻かれる後藤部長のことだ…
こちらが何を言おうが取り合いもしないだろう。

かと言って、このまま泣き寝入りするしかないのか…!


悔しさと苛立ちで、握り締めた拳が小さく震え出す。

―ふと、その手が大きな手によって包まれた。

慌てて見上げると、ヘラっと笑う坂本主任と目が合う。

……なに、この目は?


「なぁに、大丈夫。道は一つだけじゃないきに」


――…え?


「のぅ武市」

「…なんだ」

「今から…薩摩会に乗り込むぜよ!」


口の端をにっと吊り上げ、挑戦的に笑う坂本主任。


「フッ…。オマエならそう言うと思っていた」


軽く息を漏らし、武市主任も薄く笑う。

薩摩会に…?

正直、取り合ってくれるのかさえ分からないが…
でも…ここでウジウジしていても何も始まらないのは確かだ――


「待って下さい!」


気がつくと、私は声を上げていた。


「…私も…行きます!」




*********




島津総合病院――

都市部にあるにも関わらず、建物の大きさ敷地面積の広さには毎度驚かされる。

外装内装共に、近代的なデザインが施されている施設は、もちろん庭木に至るまできちんと整備されており

最新の医療設備を備え、
全国から名医と呼ばれる人材をかき集め、病院スタッフの充実にも力を入れている――

薩摩会グループの総本山とも言えるこの病院は、さながら薩摩会グループを象徴するようだ。
…資金の潤沢さを物語っている。


「ほぉー。でっかい病院じゃのぅ」

「口を開けて見上げるな龍馬。阿呆な顔がさらに阿呆に見えるぞ」

「なんじゃとっ!」

「そこまでにして下さい!喧嘩をしに来た訳ではないんですから」


病院のロビーで、早速喧嘩を始める2人を止め
私は受付窓口に声をかける。

老健建設の担当者を呼び出してもらうと、意外にもあっさりと応じてもらえた。


「TKD社の方ですね?…どうぞこちらへ」

事務員の女性に案内され、応接室に通される。


「只今、担当者を呼び出しておりますので。少々お待ち下さい」


私達の前にお茶を置くと、女性は一礼し部屋を去って行った。

私は、静かに閉じられたドアを見つめる。


「…おかしいな」

「そうですね…」


同じくドアに目を向けていた武市主任の言葉に、私は頷いた。


「なにがじゃ?」


尋ねながら、坂本主任はお茶に手を伸ばす。

…そう言えば、ここのお茶のことを説明していたっけ

ふと思い出すが、時すでに遅く…
坂本主任は盛大にお茶を吹いていた。


「な、なんじゃっ!?この茶は…っ!!渋ぅて飲めたもんじゃないぜよ!」

「ここで出されるお茶は、理事の好みということで全て渋いんです。…いえ、いつも通される応接室とは違うんですよ」


私は鞄からハンカチを取り出すと、坂本主任に手渡す。


「いつもは、事務室の隣りにある応接室に通されるんだが…」

「なぜか今日に限って、最上階にある応接室に通されたんです」

「ありがとう。ふぅむ…なるほど。確かにこの部屋は上客待遇じゃのぅ。ワシらはただの平社員だと言うのに」


坂本主任はそう言えと、スーツに飛び散ったお茶をハンカチで拭う。


…何だろう。とても嫌な予感がする…

そう言えば、一度だけこの応接室に通されたことがあったな…

確か、後藤部長と一緒に挨拶回りをした時だ。

相手は確か…


「あ…っ!」

「待たせたな」


突然、ドアが開いたと思ったら
今し方思い出した相手が姿を現した。

気だるそうに眉を下げ、カツカツと革靴を鳴らして応接室の中を進んでいるのは
大久保理事…――


「ご無沙汰しております。大久保理事」


武市主任が席を立ち、大久保理事に頭を下げる姿に、私と坂本主任も慌ててそれに倣う。

大久保理事は、ちらりとこちらに視線をやると、フゥッと息を吐いた。


「武市君に…確か坂本とか言ったな…それに小娘か」

「楢崎です」

「私も暇じゃないんだ。さっさと用向きを話せ、小娘」


鬼久保め…っ!
性格と口の悪さは相変わらずのようだな。

私は小さく息を吐き出す。

すると、坂本主任が私の代わり口を開いた。


「本日は、老健建設の件でお伺いしたのですが…いやぁ、まさか大久保理事が直々にお相手して下さるとは。たまげました」

「…フッ、どうせ仮契約のことで来たのだろう。人を介するより、直々に話した方が手っ取り早い」

「後藤君は…アレは波風を立てる事を好まない男だ。こうして乗り込んで来たのは、お前達の独断であろう?」

「さすが、大久保理事!まっこと、その通りです」

「フン…肝が据わっているのか、ただの馬鹿なのか。
それで?契約解消を取り消してくれと土下座でもしに来たか」


大久保理事は、胸を反らせ口の端を吊り上げ、見下ろすようにほくそ笑む。

ふんぞり返るその様に、フツフツと怒りが込み上がる。


…言わせておけば…っ!


「お言葉ですが理事っ…!」

「いんや、違います」


私の言葉を遮り、
坂本主任は首を横に振った。


「ワシは、ただ知りたくて来たんです。どーして、今になって契約を解消するのかを」

「ワシの企画デザインのどこに納得頂けなかったのでしょうか。後学のためにも、一つ教えてやって下さい!」


坂本主任は勢いよく頭を下げる。


「坂本主任…」


後学のため…か…

そんな坂本主任の姿に胸が微かに痛んだ。


しばらくの沈黙の後、フッと息の漏れる音がした。


「なるほど…。いいだろう、後学のためとやらに教えてやろう」

「理由は、2つある。1つは、坂本君の企画デザインに今ひとつこれと言った決定打が欠けていたこと。
…もう1つは、坂本君の企画よりも更に上をいく企画が私の元に上がってきたことだ」


更に上をいく企画?

まさか…っ!


「…土方君。待たせたな」


大久保理事はドアに向かって声をかける。

すると、静かに開かれたドアから…見知った顔が現れた。

――ドクンと、心臓が嫌な音をたてる。


「SW社の土方君だ。今回は、彼の企画を採用しようかと考えている」





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