UglyChain
その三
目が覚めたとき、傍らにはリグの姿があった。険しい表情を浮かべながら、ナイフの手入れをしている。
「リグ。ここは?」
「俺の家だ。こっぴどくやられちまったようだな」
重い言い方をしているように聞こえる。その敵があの魔物であったことを知っているのだろう。クロスは小さく歯噛みした。
「本当に、奴だったのか?」
「間違いない。あの姿、一度だって見間違えたりするもんか」
殺気が含まれたその声に、リグの表情はいっそう険しくなる。
「あの騎士、シド・アリシアって名前らしい。サプレムの騎士なんだそうだ」
落ち込んだ声が、リグの口から漏れる。それはクロスも同じだった。
軍事国家サプレム――総帥ユダの下につくられた国家で、旧アングフェルド王国から分裂した国家の一つ。その兵団の規模も、軍事技術も他の国からずば抜けていて、瞬く間に周辺国を吸収した。
「この辺まで軍が侵攻してきたってことか。となると、アンディラも陥落したんだろうな」
二人が助けを求めようとしていた都市国家の名前がアンディラだった。小さな城塞都市だったが、それなりの兵力を持っていた。だが、サプレムには無駄だったのだろう。
「侵攻に来たのか?」
「分からん。だが温厚な人のようだし、せめてルディア派なら助かるんだがな」
サプレム内部にも、二つの派閥が存在する。必要以上の侵攻を良しとしないルディア派と、侵攻によって他国を支配しようという神崎派。神崎派の残虐性は凄まじく、皆殺しにされた村も少なくはない。
「いい刺激かもしれないな。これで全員村から出ることになるだろうし」
その事には、二人とも賛成に近い意見だった。どの国家の傘下に入るとしても、今より安全になることに違いはない。
そのとき、部屋の中にノックの音が響いた。招き入れてみると、それはあの騎士――シドだった。
「どうも。大丈夫みたいだね。安心したよ」
クロスの身を助けた張本人としては、妥当な言葉だろう。だが、クロスは少し違和感を感じていた。それは、『助けた人が無事だったから』というより、『クロスが無事でよかった』という感じが含まれているように思えたからだ。横目にリグを見ると、リグもまた不思議そうな表情を浮かべていた。
「…………シド、と言いましたね。シドさん、あなたの目的は何です?」
リグの突然の質問に、シドは少し驚いたようだった。だがそれも一瞬のことで、すぐに表情をさっきまでの落ち着きあるものへと戻す。
「何だと思う? ある程度の予想は出来ているんじゃないのか?」
静かな、だけれども威圧を含んだ声。クロスはその声に思わず息を呑んでしまったが、リグは怯む素振りすら見せず、答えた。
「少なくとも、二つの狙いがあるはずだ。一つは、この村をサプレムへと併合させること。そしてもう一つは、クロスに関する何か、じゃないのか?」
ぴくり、と微かにシドの表情が変わった。それは、目的の指摘が正解であったことの、何よりの証明でもあった。
「どういうことだ? 何でお前らがクロスのことを知っている?」
クロスは、心底意外な気持ちだった。先程の反応からどちらか、もしくは両方の指摘が的を射ていたことは明白だ。しかし、自分のことを先に問うとは思わなかった。後者は、明らかに信憑性が低い。普通に考えるなら、前者の指摘が当たっただけ。クロスはそう感じていた。
そしてそれは、シドも同じ気持ちのようだった。
「意外だな。反応してしまったことは不覚だったが、村の併合のほうが信憑性が高いと思わないか?」
その問いに、リグは鼻で笑いながら答える。
「サプレムの軍人ともあろう者が、侵攻を指摘されたぐらいで動揺するわけないだろ。そういうイメージは染み付いてんだからな」
「それは心外だな。そんなイメージを振りまいた覚えはないんだが」
「別にそんなことはどうでもいい。どうしてクロスのことを知ってるんだって聞いてるんだよ!」
シドは何も答えない。リグに妙に鋭いところがあるのは知っていたが、それでも驚いた。まさか、ここまで追い詰めるとは思わなかったからだ。
「お前は何も出来ない。俺たちを殺すこともだ。ここは村の中心だ。生きて帰れると思うなよ」
「双方手負いの身。叫び声すら上げさせずに殺す自信があるといってもか?」
その言葉にはっとしリグを見ると、その左腕には包帯が巻かれていた。
「リグ、その左腕」
「油断しちまったよ。駄目だな、平和ボケしてるとよ」
リグの名誉のために捕捉するが、リグは好戦家ではない。戦わなければ守れぬことを知っているだけなのだ。平和に身を委ね、腑抜けになってしまうことが如何に危険なことか、それを知っているだけなのだ。
「あんたはクロスを殺さない。これは予想じゃないぜ、確信だ。嘘だっていうならやってみろよ。そうしたら俺もおとなしくこの首てめえにくれてやる!」
ナイフを抜き、逆手に構える。シドもまた、両腰に差した剣に手をかける。その中で、クロスは素早くベッドから跳び下り、シドに対峙する。
「………………ふ」
何秒、いや何分か経ったそのとき、シドの口から微かな笑い声が漏れた。二人は訝しげな表情のままその場に固まる。
「……冗談が過ぎたようだな、先に謝っておこう」
シドはそう言うと剣にかけていた手を下ろし、頭を下げた。二人は訳が分からないという表情でそれを見る。シドは頭を上げると、切り出した。
「改めて自己紹介をしよう。私の名前はシド・アリシア、サプレム国軍特殊部隊の一人だ」
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