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UglyChain
その二
朝起きた瞬間、最初に聞こえたのは警鐘だった。憂鬱な表情で着替えていると、すぐさま扉を叩く音が家中に響く。

「クロス、早くしろ! 今日のはやばいぞ!」

 その声に危機感を感じ、クロスは初めから手甲を装着して家を出る。

「どんな奴だ!」

「まだ分からない。だが……」

 道中にした質問に、リグは口を止める。

「……何か、あったのか?」

 警鐘が鳴るのだから、誰かが襲われたぐらいの覚悟はある。だが、リグの態度からして、それ以上の何かがあったのは確実だ。襲われる以上のことといったら、そんなにあることじゃない。クロスの頭に、最悪のイメージが浮かび上がる。

「まさか……」

「…………グフタの爺さんが、殺されたらしい」

 目の前が、急激に真っ白になっていくのが分かった。村人が殺されたという事実に加え、クロスにはもう一つ、ショックを受ける前例があった。

 それは、両親の死。

 クロス同様村の自警団を務めていた父親は、ある日偶然に現れた強力な魔物の攻撃によって命を落とした。魔物の攻撃は自警団のほぼ全員を殺しても収まらず、そのまま村中を破壊しつくした。その最中で、クロスを守ろうとした母親もまた、命を落としたのだった。

「…………逃がさねえ」

 先程までとは違う、殺気を含んだ声。リグは何も言わず、ナイフを構えたままクロスの横を駆けていた。

「……行くぞ、クロス!」

 魔物の姿が目に入る。昨日斃したものより、一回り大きい猪だった。鋭く生えた牙を振りながら、周囲を威嚇している。

二人は一瞬にして距離を詰め、その巨躯を吹き飛ばすべく蹴りを入れる。魔物の体はそのまま宙に舞い、地面に転がった。

「…………?」

 周りの村人から歓声が巻き起こる中、二人はこの魔物から違和感を感じ取っていた。一撃で吹き飛んでしまったことももちろんあったが、それ以上に、血の臭いがしないことがおかしかった。

 次の瞬間、村の奥から大勢の悲鳴が聞こえてきた。

「……っ! もう一匹いたのか」

「リグ、後ろだ!」

 起き上がった猪の一撃を、リグは間一髪のところで受け止める。リグはそのまま猪の牙を弾き、距離をとる。

「行け、クロス! こいつは俺が抑える」

「頼む!」

 クロスはそう言い残すと、悲鳴のする方向へと全速力で駆け出す。その姿が目に入ったとき、クロスの足が、一瞬止まった。

「…………お前ええぇぇぇ!!」

 刃を抜き、魔物に迫る。濃い灰色の体に甲虫のような皮膚、そしてぎょろりと開いたその双眸を、どうして見間違えたりするだろうか。

 数年前、村を壊滅寸前にまで陥れた魔物。そして、クロスの両親の仇。

「……っ!」

 渾身の力で振り下ろした刃は、いとも簡単に受け止められる。クロスは剣を離すと、その腹に拳を打ち込む。

 一発、二発、三発。次々と拳を打ち込むが、魔物は全く怯む様子を見せない。受け止めたままのクロスの剣を握り、下にいるクロスへと振り下ろす。間一髪のところで避けると、気を拳へと集中させる。

「獅子一爪突!」

 息を止め、魔物の腹部へと一撃を繰り出す。しかし、魔物のほうが速かった。繰り出した腕を横から掴むと、そのまま上空へと放り投げる。魔物はそのまま跳躍し、空中のクロスへと追撃を加える。体勢の崩れた状態での空中戦に勝てるはずもなく、クロスはろくに防御も出来ないまま、地面へと叩きつけられた。

 痛みが全身を支配し、指一本動かせなかった。

「……ツマラン。コノ程度ナノカ?」

 虫の羽音のような音を出しながら、魔物が声を発する。数年前と同じその声に、クロスは残る力を振り絞って叫び、そのまま起き上がる。

「獅子連牙弾!」

 獅子一爪突とは違う、連打重視のラッシュ攻撃。一発一発の威力は大したことはないが、合計した威力は並大抵のものではない。渾身の力でのラッシュはやはり威力があったらしく、魔物の姿が少し怯む。今なら、決まる。クロスには、その確信があった。

「獅子一そ……う……っ!」

 声が、最後まで出ることはなかった。限界を走った体に、ついに終わりが来た瞬間だった。拳は止まり、体が崩れ落ちていくのが分かる。意識までが消えそうな中、その目はしっかりと魔物を見ていた。

「モウ終ワリカ。ヤハリ、ツマラン」

 魔物がその拳を振り上げる。手の甲から伸びた爪は、しっかりとクロスを向いていた。


 ………………。

 …………。

……。

「エアリアル・トレース!」

 一陣の風が、振り下ろされかけた魔物の腕を斬りおとした。魔物は叫び声を上げ、風の吹いてきた背後へと振り向く。

 そこには、一人の騎士がいた。軽装ではあるが、漂う雰囲気は、傭兵や盗賊からは感じることの出来ないものだ。

 魔物は剣を放ると、騎士へと向かって一瞬で距離を詰めた。振り下ろした拳が、轟音を立てながら地を砕く。騎士は額に軽い汗を浮かべながら、鋭い斬撃を魔物へと浴びせる。しかし、その刃は、甲殻の下までには届かない。

「エアリアル・トレース!」

 再び風が剣から繰り出されるが、今度は魔物のほうが速かった。逸早くその場から跳び、風による攻撃をかわす。魔物は舌打ちをすると、奥の森へと向かって一目散に駆け出した。追いつけない、若しくはわざわざ斃すほどではないと判断したのだろう。クロスは安堵の溜息を吐きながら、自分の無力さを痛感していた。

 斃せないどころか、斃されそうになった自分。心の中とは全く逆の結末を示しそうになった現実が、ひどく虚しかった。

「大丈夫か?」

 騎士の優しい声が、落ち込んでいるクロスに響く。何も言うことができず、ただ拳を握り締めることしか出来なかった。

 遠くから、リグの声が聞こえたような気がした。

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あきゅろす。
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