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DOLLシリーズ
独占慾



穏やかな風と闇の帳に隠された、誰もいない静寂な公園の中。
確かに感じるのは、君の熱と鼓動と息遣い。

その腕を振り払えなかったのは、君を傷付けてしまうと思ったからじゃない。
この世界にずっと閉じ込められていれば。
もしかしたら君の全てを手に入れられるかもしれない。
そんな馬鹿な幻想が、頭の片隅を過ぎったんだ―。





「レン」



大好きなアベ君の声が耳元に零れてきて、オレは再び酔いそうになる。

酔っ払いは自分のした事覚えてないって言うから。
アベ君もきっと今自分がしてるコト、明日にはすっから忘れてるんだ。
それくらい、自分が何してるのか分かんないくらい酔ってるんだ。

自分に何度もそう言い聞かせて、どうにか不埒な想いを踏み止どまらせる。
早く、酔いを醒まさせる方法はないだろうか。
もし、システムエラーなんか起こしたら、本当に困る。



「………アベ 君、帰ろ…?」



自分の声が、闇の中で震えるのを感じた。
思ってる以上に動揺している。

アベ君の様子が気になるのに、顔が見られないのがとても不安で。
なのに、オレを捕らえた腕を離さないで欲しい気持ちもあって。
矛盾だらけのオレは、どう動けばいいのか分からない。



「レン…」



どうしてそんなに、オレの名ばかり口にするの?
アベ君は、オレに何を伝えたいの?
オレは君に、何をしてあげればいいの?

聞きたいことはたくさんあるのに、声にできない。



「レン」



オレを抱き締めるアベ君の腕の力がまた少し強くなって、全身に甘い痺れが走る。
アベ君が何を考えているのか、全然分からない。

けれど。
こうしていることが君の望みなら、オレは…。



「アベ、く―」

「なんで、」

「…え?」

「なんで…オレから逃げるんだ、レン…」

「―?!」



逃げる?
オレがアベ君から?

確かに、一時期はそんな風にしたこともあった。
けれど、君への想いからはどうしたって逃げ切れなくて。
君の限られた命を知ってからは、君を失うのが怖くて。
だから、せめてアベ君を過去から解放したくて、いろんなことを考えているのに…。



「に、げてなんか 無い…」

「嘘だ」

「ウソなんか、」

「だってお前、オレと向き合わねぇじゃねぇか」

「………」



アベ君の言葉一つ一つに、感情が揺さぶられながら、彼の言わんとする事が何なのか、ようやく理解できた。

アベ君の言い方は少し大袈裟だけれど、間違ってはいない。



「……それ、は」

「なんで?」



そんなの、決まってる。
怖いんだ。
君に、オレのどうしようもない気持ちを悟られたくないんだ。

ドールは恋愛なんてしない。
する必要がないから、機能として恋愛感情装備されない。

けれど、人間に限り無く優しいドールの君が、オレの想いを知ったら。



「アベ、君。
オレは…」



君を愛しているのだと知ったら。



「レン」



君はオレに、何て言うのだろう。



「お前は今、何を見てんだよ…」

「………アベ君、」

「オレ以外の誰を…」

「!!」



違う。
どうして、そんなこと言うの?
オレの世界は、アベ君で動いているのに。

…勘違いしちゃダメだ。
アベ君には、恋愛感情なんてない。
オレが唯一、今との繋がりなんだと、アベ君は言いたいんだ。
オレは、アベ君のたった一人の家族だから。
それ以下でも、それ以上でもないんだ。



「―レン?」



アベ君の声が、急に変わった。
同時に、オレを拘束していた腕も解かれ、今度は肩を掴んでアベ君の方へと身体ごと向けさせられる。



「………お前、何泣いてんだよ…?」

「うぇ?
………あ、」



オレ、泣いてるのか。

自分のことなのに、頬に手を当ててようやく気がついた。
いつから泣いていたんだろう。
考えても、思い出せない。

けれど、泣いていると理解した途端、涙が外へ零れる度に身体も心も空っぽになっていくような気がした。
それが、酷く悲しくて、寂しくて。
全部を投げ出してしまいたくて、全部を失いたくなくて…。



「あのさ…レ―、おわっっ!」



オレが急に体当たりするようにしがみついたから、アベ君は思い切り尻餅をついてしまった。



「〜〜〜〜っってェっ!てめェ、急に―」

「アベ君のバカ!!!」


聞き慣れないオレの大きな声に、アベ君が息を飲む。



「は…、はぁ?!
何がバカなんだよ?!」

「バカはバカだ!」

「お前なぁ、誰に向かってんな口きいて―」

「アベ君は、何にも分かってない!!!」

「?!」



アベ君の身体が、一瞬揺らいだ。
けれど、オレは中からどんどん溢れてくる言葉を止められない。


「オレ、アベ君に『好きだ』って、『オレをおいてかないで』って言った!
今までアベ君以外の人に、言ったことない!
シュウちゃんにだって、学校の友達にだって言ったことない!」

「レン…」

「アベ君が、ホントの所有者じゃないオレのコト、それでも『一番大事だ』って言ってくれて、すごく嬉しかった!
オレの『全部を受け入れる』って言ってくれて、本当…ホント、に………うれし…かっ………」

「レン」



嬉しかった。
君から与えられるモノ全部に、君の存在に、幸せを感じていた。
生まれた時からずっと。
それが一生続けばいいと、君の傍で生きていたいと、そう願っていたんだ。
それなのに、君は―



「オレ、は…今だって……、アベ君と 一緒が、いいんだ………」



君に悟られないように、疚しい自分をさらけ出したりしないように。
毎日毎日、必死だったのに。
君を大切に思う気持ちまで、届かなくなっていただなんて…。



「どこにも…行かない、し、行っちゃ…やだ…」



アベ君のシャツが、オレの涙でグシャグシャになっていくけれど、そんなことは構わなかった。
今は、オレの思いを全部ぶつけたいくらいで。
この鈍感なヒトには、それくらいでなきゃ、家族愛さえ伝わらないのかもしれないから。
オレは幼い頃のように、アベ君に力一杯抱き付いた。

茫然としていたのか、しばらくは何も言わず全く動かなかったアベ君は、やがてオレの髪を撫ぜ始めた。
そして―



「………なんで、笑う んだ?」

「―ごめん。
なんか、全部がおかしくてさ、」



おかしいとか言わないで欲しい。
オレは一生懸命伝えているのに。

それでも、アベ君の忍び笑いは止まらなくて、オレはちょっと腹が立った。



「アベ、君」

「ごめん、ホントごめんな。
ちょっと、酔ったふりしただけなんだ」



……………へ?



「だってお前、本当に話さなくなってただろ。
特に、自分の事はさ。
家にも、あんま帰って来ねぇし」

「そ、それは、学校が―」

「オレん事、避けてたのも分かってる」



アベ君の言葉に、罪悪感と羞恥心がどっと押し寄せた。



「最初は、それでもいいって思ってたんだ。
お前が独り立ちするのに、調度良い機会なんだって。
他のヤツらに比べれば、ちょっと遅いくらいだけどな」

「う…」

「でも、それとはなんか違うんじゃねぇのかって、最近考え始めて…。
オレも、いつまでも時間がある訳じゃねぇから、後悔はしたくはねぇなぁとか思ってさ…」



今度は、胸を抉るような痛みを覚える。
アベ君に、終わる未来なんて口にして欲しくない。



「今日は端からふくれたり、オレのケーキを食べたいって我儘言ったりしてたから、もしかしたら大丈夫かなって思い直したりもしたけど、やっぱヘンなお前に戻っちまうしな…」

「………」


「だから、お前に言おうと思ったんだ」

「何、を…?」



アベ君が差し出してくれたハンカチで目から下を隠したオレは、アベ君をちゃんと見て答えを待つ。



「もう、無理はすんな。
言いたい事もやりたい事も、我慢すんな。
全部とは言わねぇけど…。
だいたい、自分を押し殺したって、何も良い事ねぇよ」

「………」

「自分でやってみて、それがよく分かった」

「アベ君、が?」


問い返せば、アベ君は苦笑する。



「―帰ってこいよ、レン」

「アベ君、」

「残された時間は、できる限りお前と居たいんだ」



それって、アベ君はオレが家に居ないことを、ずっと我慢していたってこと?



「お前の全部を受け入れるって言った事、今も変わらねぇから。
嫌な事は嫌だって言っていいから」



アベ君は、オレの前髪をそっと掻きあげて、オレの目を優しく見つめる。



「お前のさっきの言葉に嘘がねぇんなら、」



嘘なんかないよ。
全部、全部、本当なんだ。



「ずっと、オレと一緒に居て」



アベ君の願いに、オレはまた泣き出しながら何度も頷いた。
そんなオレに、アベ君は怒りも呆れもせずに「ありがとう」とだけ言って、もう一度抱き締めてくれた。





あの夜。
家に着くまで、ずっと手を繋いでくれたアベ君は、公園を出てから、ちっとも目を合わせてくれなかった。
久しぶりに一緒に過ごす時間に、オレはなんだかアベ君から離れがたくて。
アベ君もそうだったのか、相変わらず目は合わさないけれど、何時になっても自室に入ることは無くて。
二人して、リビングのソファで寄り添うようにして、いつの間にか眠ってしまっていた。
公園でのことは、本当は酔った勢いもちょっとあったんだって気付いたけど。
アベ君の気持ちを知ることができたから、気付いてないふりをしておくことにした。



たとえ報われない想いであったとしても、自分より大切な人が存在することは、生きる力を与えてくれる何ものにも代え難い幸福で。
だからこそ、その幸福を得る為に、或いは守る為に、殺意さえ抱くことがあるのだということを、オレは想像もできなくて。

ねぇ、アベ君。
もしも、オレがあの人だったら。
君は、手を差し伸べてくれていただろうか。





080429 up
(120111 revised)






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