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DOLLシリーズ
忘形見

所有代理人(以下「所有者」という)とドール製造番号T-14111(以下「ドール」という)とは、ドールに課せられた任務の特殊性及び優先性により、以下の内容の契約を別途の通り締結する。
なお、通常のドールに於ける契約内容とは相違または逸脱する項目は、本契約を優先とする。


ドールに於いての稼動期間を最長百年とする。

ドールの優先任務に関する行動に対し、所有者または所有者の代理人はそれを妨害してはいけない。

ドールの身体的特徴及び初期データ、その他個人を表すものすべてにおいて、その変更及び抹消を禁止する。

定められた稼動期間より前に稼動停止の手続きをとることは、社会通念上止むを得ない事由のない限り、これを禁止する。

優先任務は百年を経過した時点で未完了であってもドールよりその任を解き、稼動停止の手続きをとらなくてはいけない。
なお、優先任務を完了した時点で百年に満たない場合は、それを繰り上げて稼動停止の手続をとることとする。
ただし、稼動期間を満了した時点で、その事実発生日前に所有者との契約上の任務が未完了である場合、ドールの所定の稼動期間を延長し、これを補完するものとする。

所有者はドールの同意を得た上で、その意思を以て所有権を他者へ移転することができる。

所有者の死亡または行方不明、疾病等により、1年以上ドールの所有に関する意思を明確にできない場合は、ドールの意思により新たに所有者を定める。


全ての最終決定権は正当所有者に帰属し、正統所有者が死亡した後は、本契約の変更を一切禁止する。

(ドール製造番号T-17769に於ける契約書抜粋)






一番気がかりだった名前を、アベ君の口から聞いてしまった。
70年前、行方知れずとなった『アベ タカヤ』少年の名。
しかも、最悪の形で。


「彼は、もう………いない、の?」

「ああ、オレが完成した翌年に死んだよ…」


アベ君の完成後…。
つまり、行方不明から数年間は生存していたことになる。


「………」


彼は、何故自分と同じ名のドールを望んだのだろう。
どうして、百年も稼働させるのだろう。
最優先任務って何?
どうしてミハシ一族が、アベ君を代理所有しているの?

アベ君は何なの?

そして、オレは?
オレは、どうすればいいの―?

聞きたいこと、たくさんある。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
だけど、そんなことより―


「ここ…出よ」

「レン?」

「…おなか、空いちゃった」


オレは言葉のキャパシティが極端に低いし、気も回らない。
けれど、君の辛そうな顔を消したくて。
なのに、こんな言葉しか浮かばなかった。

「逃げていた」という君を追い詰めたくないし、泣かせたくもない。
すごくショックだったけれど、こんな契約に縛られているアベ君はもっと辛いはずだから。


「あのね、帰る途中 に美味しいピザのお店 あるんだ。
こないだ、先輩達が教えて、くれて…。
今夜は、その店で食べよ?
それから、ケーキ買って、家でお祝い しよ?」


思い付く限りの言葉を並べてみた。
アベ君はなんだか呆けている。

オレは、笑って欲しかったんだけど…。


「………お前って、いつでも腹時計中心の生活なのな」

「!あっ…その、…そ、じゃなく てっ。
オレは、」


オレが慌てると、アベ君は吹き出して笑った。

…良かった。
笑ってくれた。


「しかも、ピザの後にケーキかよ?!」

「だ、だって!
明日、休みだし 夜更かししても平気、だし」

「―ったく、ホントお前は食い意地はってんなぁ」


笑ってくれて嬉しい。
けど、


「アベ、君、笑い過ぎ…だ」


わりぃわりぃって何回もアベ君は謝ったものの結局はラボラトリーを出るまで笑い続けて、ハマちゃんにも不思議そうに見られてしまった。

けれど、それでも構わなかった。
君が幸せでいてくれることが、オレには一番大事なんだ。



先輩達に教えてもらった店は釜焼ピザが本当に絶品で、オレもアベ君も後でケーキを食べることを忘れてがっついた。
それでも、ケーキはお祝いの為の特別なお菓子だから。
オレは、アベ君の好きなフルーツタルトを1ホール買った。


家に帰って、早速お祝いの準備をする。
アベ君はシャンパンを注いでくれた。
オレはローテーブルの上で、タルトを切り分ける。


「ちゃんと切れたか?」

「大丈夫、できたよ」


隣に座ったアベ君に、タルトを載せたケーキ皿を渡す。


「レン」

「な、何?」

「食いながら聞いてろ」


本当は先に「おめでとう」を言いたかったけれど、資料室の時とは違うアベ君の話の腰を折りたくなかったからオレはおとなしく従った。
長いソファにもかかわらず、オレはわざとアベ君に寄り添うように座る。
アベ君も別段咎めない。


「お前にはちゃんと聞いてもらわなきゃなんねぇんだ」


どうしようもなく下らない勝手な話だけど、とアベ君は苦笑した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……………似てねぇ」



それが、初めてオレを見た『アベ タカヤ』の第一声だった。


「そんなことないだろ。
鏡に映したみたいだぜ?」


オレの産みの親、つまり製造者であるトウセイ・ラボラトリー次期代表のタカセが、笑いを噛み殺しながら言う。

オレにはどっちかなんて分からなかった。
「似てない」と言った張本人は具合が悪いらしくかなりやつれていたし、彼の「似る」という意味を計り兼ねてもいたから。


「それにしても、姿形だけじゃなく名前まで一緒だから呼ぶのに困るよなぁ」

「オレは、別に違う名前でも―」

「ダメだ!お前は『アベ タカヤ』を名乗るんだ、何があってもだ!!!」


先程の覇気の無い声とは全く違って、鬼気迫る勢いで彼は叫んだ。


「悪いね。
君の主の希望は、名前もそのまま君に引き継がせることだからさ。
諦めて、彼の人生を受け入れてやってくれ」


タカセは苦笑混じりにオレに言った。


アベタカヤは、2年前に家族を惨殺されていた。
その時、彼は幸いにも外出中で無事だったらしい。
けれど、それが苦難の始まりとなった。


「今でも忘れねぇよ。
血の海の中につっ立って、オレの家族を見下ろしていたアイツの顔を。
毎晩毎晩、夢に見るんだぜ。
お前には分かんねぇだろ?
信じていたヤツに裏切られた無念や怒りなんて」


もちろん、分かるはずがない。
たとえ、オレのデータに書き込んだ彼の記憶をリピートしても、どんなに鮮明なヴィジョンで再現されても、体験していないオレに分かるはずもなかった。


「彼は警察に保護されるのが嫌で、失踪していたらしい。
犯人を殺す為にだけ生きてきたんだとさ。
馬鹿馬鹿しいけれど、あんな状態になるまで追っかけたんだ。
生きる理由が、他に持てなかったんだな。
そして、身体が言うことを聞かなくなってきたから、君を造るようオレを脅しに来たんだよ」

「脅し、ですか…」

「まぁ、得体の知れない輩に頼まれて造るモノじゃないからね。
帰宅しようとしていたオレの背後に凶器を突き付けた命知らずなヤツさ」

「命惜しさでオレを造ったんですか?」

「ん〜、それもあったけど半分は興味本位だね」


そう言って笑っていたが、その笑顔は胡散臭い。

アベタカヤがオレに与えるのは、事件の忌わしい記憶がほとんどだったから、病室の外ではタカセが本人の語らない部分の話をした。
しかし、それもアベタカヤが望んだことだとタカセは言った。

そうしていく中で、オレは自分の任務だと説明された「犯人をつき止め、無念を晴らすこと」に疑問を持った。


「アイツはムサシノ・カンパニーの助手をやってて。
けど、才能はあったらしくて一人でもドールを造りあげるくらいの実力があった。
…ある時、アイツ『バースデイプレゼントだ』って言って、オレにドールを持ってきたんだ」


オレは犯人と彼との昔の話を聞いて驚いた。
ドールはかなり高額で、人に与えるどころか欲しくても買えない人の方が圧倒的に多いのに。
いくら自分で造ったと言っても、パーツ代だけでも馬鹿にならない。


「酔狂だろ?
で、兄弟型として造ったんだって連れて来たんだけど、これがまた全然オレの兄弟には見えねぇドールで…。
何かの冗談だと思ったんだけど、お前の為に造ったんだって譲らねぇし。
だから、ちゃんと名前も付けて家においてやったんだ」


その時の彼の様子を見逃さなかった。
アベタカヤは、犯人と思われるその人物を憎み切れていない。
惨劇が起こる前の記憶を辿った瞬間、彼の目が不意に優しくなった。
懐かしむような、愛おしむようなまなざし。
声まで穏やかに響く。


「ソイツのこと好きだったのか?」


堪らず聞くと、


「あんなヤツ、大嫌いだよ」


と即答した。
同時に軽蔑の色を顔に塗る。


「自分で造って人にやったドールを、身内の血で染めあげるヤツなんか、憎んでも憎み足らねぇ…」


犯人を敬愛していたのだろう彼の思いは消し切れていない。
そして、憎まれるべき犯人も彼を大切にしていたに違いない。
なのに…。

一体、彼らの歯車はどこで狂ってしまったのだろう。



オレの覚醒から半年もすると、それまでもあまりベッドから出なかったアベタカヤはとうとう起き上がることすら困難になってしまった。


「本人も承知のことだから、気に病むな。
それに、君がいることでヤツの叶ったようなもんだから」


タカセは淡々とオレに説明していたが、その目には何故か羨望の色さえ見える。

この科学者もきっと何かあるのだ。
彼の後輩のナカザワが、何かしら彼を窘めているのをよく見かける。
オレの姿を見るとすぐに誤魔化すから詳細までは知らないが、確かにタカセからは虚無感が漂っている。


「オレは、あと何をすればいいんですか?」

「最後まで話を聞いてやれば?
アイツは、自分にできなかったことを君にしてもらいたいだけなんだから。
……アベ君、オレはねアイツが死んだら、その時は君の好きにしていいと思っているんだ」

「は?」


オレにはタカセの言うことが理解できない。


「君はまだ、稼働し始めたばかりのドールだからね。
そう言われても困るだろうから、しばらくは普通のドールと同じように生きればいい。
その内、オレの言う意味が理解できる時が来るだろうから、そうしたら君は君のしたいようにするんだ。
君は、他のドールが持てない時間と権利を手にしているんだからね。
むしろ、オレはそれを望んでいる。
科学者としても、一人の人間としても―」

「しかし、権利の裏には制約がある。
だいたい、自由にするなんて契約違反ですよ?」

「その内、分かるよ」


アベタカヤやタカセがオレに望むことは難解で、オレは少し持て余していた。
それでも「ノー」と言い切れないのは、ドールの性能からだろうか。



アベタカヤと会して、二度目の冬。
彼は死んだ。




071123 up

(110924 revised)





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