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DOLLシリーズ
夜明前(第一部完)

アベタカヤが死んだのは、冬の12月。

彼は死を目前にしても、敵のことをオレに伝え続けた。
と言っても、新しい情報はそこには無い。
ただ、アベタカヤの揺れる感情が日によって起伏の差が激しかった。
時には怒りを撒き散らし、時には悲哀に満ちた目をして泣くのではないかと思ったりした。
かと思えば、事件前の話を懐かしげに話す日もあり、彼の焦燥感が手に取るように分かった。


それでも、最期の時は今までとは全く違う言葉を口にした。


「結局、オレはずっと独りのままだったな―」


悲しい笑みを浮かべる彼に、初めて見せる諦観に満ちた表情に、違うと本気で否定したかったけれど、自らの言葉を支えるものが何も無いから口を噤まざるを得ない。
自分が彼の孤独を埋められない存在だと自覚しているから。

彼の深い悲しみが、今まで聞いたどんな話よりも今の一言でオレの心の奥まで染み込んでいく。


「僻むなよ、オレだって一人だよ」


隣に居たタカセが、そっとアベタカヤの痩せた右手を優しく両手で包む。


「人なんてそんなもんだ。
猜疑心の始まりは他者への疑い。
他者への疑いは己への疑い。
己を疑えば、自らを孤立に追いやり分析にかけるしかない。
生きている間に答えが見出だせなければ、人は孤独で終わっていくしかないんだよ」


―本当に?

人間は、そういう生きものなのか?

なら、オレ達ドールは…。


「だから、君の要望通りにドールを造っただろう?
己の人生を引き継がせるなんて、独りでやれる所業じゃないぜ」

「……あんた、相変わらず詭弁家だな」


アベタカヤは、最期に可笑しそうに笑って目を閉じた。



「―確かに詭弁だな。
だから、自分自身を永久に救えやしない」


タカセも救いの手が差し延べられるのを、ずっと待っているのだろうか。


「博士、ドールは人の孤独を埋め合わせるために存在するのですか?」

「そう書いてあっただろう、ドール開発の定義に」


正しくは、「人としてのより質の高い幸福形成の為」だったような気がする。
しかし、人にとって孤独が何よりの絶望であるのならタカセの言葉は間違ってはいないのだろう。


「でも、オレには違うことを望んでいる。
あなたも、彼も」


タカセは逝ってしまったアベタカヤの顔をじっと見つめながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「…君を造った甲斐があったよ。
オレのはともかく、コイツの意思を理解できたかい?」

「最期まで孤独だったと言われれば、ドールの役割を否定されたのと同じですから。
…彼は、オレに犯人を見つけて欲しかったんじゃない。
犯人だと思われる大切な人の真意を知りたかった自分の思いを、その人に伝えて欲しいだけなのでは?」


オレの言葉を得て、タカセは本当に嬉しそうに笑った。


「多分、合っているよ。
当の本人は気付いていなかっただろうけれどね。
自分の心を救う手段を探した結果が君だったってわけさ」

「そして、傍観者を決め込んでいるように見えるあなたは、彼を理由にオレを造り、更に人に近いドールになり得るか実験している」

「それは違うな。
実験なんかの為に、君を造ったりしないよ。
オレは既に確信を得ているからね。
…アベ君。
オレはね、ある人にずっと認めてもらいたかったんだ」


タカセが自分のことを語ることなど今まで無かった。
身近な人間の死で、口が軽くなったのだろうか。


「その人は、ドールの製造にはずっと反対だった。
いずれ人はドールと相容れなくなると言ってね…。
オレはそれを否定したかった。
いや、否定して証明することでオレを認めさせたかった。
けれど、あの人はもういない―。

今更だけれど、それでもあの人の言葉を覆すことだけがオレの生きる理由になってしまったから」


だから、


「オレには他のドールに無い感情が備わっているとタカヤは言っていた」

「コイツ、案外にお喋りだったんだな」

「ヒトより理性が強く、知識も技術も容易に得られるドールだからこそ、ヒトとの共存方法を見出だせると、博士は思われているのですか?
それによって、あなたが思い続ける人の言葉を否定することになると」

「やっぱり、君は『アベ タカヤ』だな」

「は?」


タカセは死者の手をそっとベッドに戻した。


「オレの真意など気にするな、君には大した影響を及ぼさない。
それより、代理所有者として君に命じるよ」

「…何ですか?」

「彼の密葬の準備をリオウに伝えてくれ。
葬儀が終わったら、今度は君の冒険の始まりだ」


タカセは子供のようにおどけて再び笑った。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「オレは、博士の言葉通り旅をさせられた。
と言っても、場所は指定されたけど。
それは早く人に慣れる為と、オレの顔にどれだけの人が反応するのかの確認。
そして、犯人の調査だな」


アベ君は、まるで他人事のように自分の話をする。


「そしてトウセイ・ラボラトリーに戻った翌日、あの大火災が起きた」

「アベ君も、居たの?」

「ああ、けれど何にも出来なかった。
博士はその時に死んだんだ」


ああ、思い出した。
あの古いフォトの青年。
昔、アベ君のメンテが終わるまでハマちゃんの仕事を横で見ていた時、古い学会誌にあの人の写真を見た。
「すげぇ有能な人だったんだけど、若くして死んじまったんだ」って寂しそうに笑っていた。
監理局に目を付けられていた人だから、当時のデータはほぼ抹消されていてレアな学会誌だ、とも言っていた。
確か、トウセイ・ラボラトリーの実力者で―。


「博士は、死ぬ気 だったの?」

「かも知れねぇな。
ナカザワもそう言ってたし、自分の研究室に鍵をかけてたしな。
出火場所は少し離れていたから、自分でやったんじゃないだろうけれど」


生きている以上、起こり得ることだとは分かっている。
けれど、それでも大切な人を失って生き続けるのはとても辛い。
アベ君を失ったら、オレはどうするだろう―。


「その後、オレを引き取ったのがナカザワ。
お前の曾祖父だ」

「え?でも、ナカザワって―」

「ナカザワは…、リオウはミハシ一族の婿養子になったんだ。
トウセイの技術を守る為に、その道を選んだ」


それは、きっと違うよ、アベ君。
ひい祖父ちゃんは、タカセ博士が造ったアベ君を守りたかったんだ。
博士のこと、すごく尊敬していただろうから。


「犯人は……、事件のことは 何か分かったの?」

「そっちが進まないんだよな。
旅をしている間も、ほとんど情報が入らなかった。
どっかでもう死んじまってるのかもな。
あの当時ならともかく、もう70年も経っちまったし…。
ただ、」

「ただ?」

「真犯人は別にいるかもしんねえって話はこないだ聞いた」


この間―、『カナリアン・ビュー』で出かけた日だろう。
だから、オレが引き止めるようなことを口にしてもアベ君は行くしかなかったのだ。


「真犯人は、まだ生きてるの?」

「さあ、それもまだ分かんね」


事件なんてもう何も分からなくなってしまえばいいのに。
そうすれば、少なくともアベ君はあと30年生き続けられる。


「アベ、君」

「ん?」

「犯人だと思ってた人って、もしかして…モトキ、さん?」


アベ君は本当に驚いていた。


「なん、で……」

「ごめんね。
昨日、アベ君が寝言で言ってたの…聞こえて―」

「―ああ、それで。
『寝言』なんか言ってたのか、あの時」


『寝言』って怖いな、とアベ君は笑う。


「もしかしたら、お前が前にオレの顔を見て『疲れてる』って言っていたのもそのせいかもな」

「へ?」

「今年の春くらいから、『アベタカヤ』の記憶がフラッシュバックするんだよ。
特に起床前が多いんだ。
多分、オレの中でデータ整理の対象にされているんだろ。
けれど、別の機能がそれを拒否ってんだな」

「そんなこと、あるの?!」

「あくまで推測だけどな。
アイツと博士が、オレん中で駆け引きしているみたいな気がしてさ」


そう言って、アベ君は懐かしそうな顔をする。

気がつくと、時計は0時なんてとっくに過ぎていた。
せっかくアベ君が入れてくれたシャンパンはすっかり温くなって、タルトもずっと話していたアベ君は器用にも全部平らげているのに、オレの皿には半分以上残ってた。

ああ、誕生日に「おめでとう」を言えなかったのは初めてだ―。


「ごめんな」


不意にアベ君が言った意味がオレには分からなくて。
首を傾げるばかりだ。


「お前の為だけに生きられなくて…、嘘をついてごめん」

「ウソ?」

「お前が一番大切って言ったのは本当なのに、お前の為に生きられないなんて…勝手だよな」


そう言って、アベ君は優しくオレの頬に触れる。
途端に、顔に血が上るのを感じる。
今までこんなことなかったのに。
今は、こんなことにさえ動揺してしまう。

アベ君。
オレはそう言ってもらえるだけでも、とても幸せだ。
けれど。
そう思う一方で、もっと君を欲しがる自分がいてるなんて。

涙が目から零れるのを感じて、初めて自分が泣いていることに気づく。
アベ君はオレに近づき、オレの額にそっと口付けた。
そのままオレを引き寄せて優しく抱き締めてくれる。


「ごめん、オレはお前の願いも望みも、何も叶えてやれねぇ」


アベ君が何を謝っているのか分からない。
ただ、君の温度に最上に幸せが満ちていて。
でも、君の言葉に底知れぬ絶望も感じていて。

そんなオレは、君に何をしてあげられるだろう―。


「アベ、君」


君に何を―


「誕生日、おめでとう」


そう言って、アベ君の背中に腕を回す。

オレの為に生きられなくてもいい。
でも、今は離さないで欲しい。

謝らなきゃいけないのは、オレのほうだ。
君に与えられるばかりで、君に守られてばかりで。
君が抱えているたくさんのモノを肩代わりすることもできない。

それでも許して欲しい。
君を想い続けることを。
これから、オレが選ぶ道を。


「11日、過ぎちゃった けど」


アベ君の胸の中で呟けば、アベ君は小さく笑った。


「いいよ、お前に祝ってもらえりゃそれで」


オレを抱き締めるアベ君の腕に、少しだけ力が込められた。





アベ君に渡したその年の誕生日プレゼントは、四葉のクローバーを埋め込んだシルバープレートで作ったラリエット。
ベタ過ぎるのは分かっていたけれど、それでもアベ君の幸せをその時は一番に願っていたから。
けれど、あの日にプレゼントをもらったのはオレの方だったね。
それに気付くのはもっと後のことで。
ねえ、アベ君。
君を想うには幼すぎたオレを、あの日の君はどんな思いで傍にいてくれたのだろう。



071123 up

(110924 revised)




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