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DOLLシリーズ
無自覚
少し眩しいくらいの夕日が差し込むホーム。
静かに滑り込んでくるリニアモーターカーが、優しく陽射しを遮り、帰宅を促してくる。
通勤や通学の帰途で忙しなく人が行き交う中、オレは盛大なため息をついた。

今日の2時限目、結果を通知された物理の抜き打ちテスト。
ディスプレイに映し出された数字は一桁だった。
テストの結果は生徒に返信されると同時に保護者にもメール通知される。
帰宅すれば、酷く叱られるだろう。
それは分かっていたことだからいい。
否、怖いからいいわけではないけれど、オレの憂慮は他のことにあった。

降り立った最寄のステーションでも、また覚悟が出来なくて。
エスカレーターで改札口に向かうのが早いと分かっていながら、わざと階段を使う。
足元に舞う薄紅の花びらを見ながら思いを巡らす。
彼への言い訳と、一番楽しみにしていた夕食のメニュー。

(きっと怒っているから、違うもの作られちゃってるだろうな…)

いつもなら長く感じる階段も、今日はやけに短い。
ようやく覚悟を決め、深呼吸を一つしてから改札口に向かうと。
案の定、いつものように柱にもたれながら腕を組んで待っている彼を発見してしまった。
ゴーグルをつけているから表情が読めない。
けど、あれは多分、じゃなくて絶対に怒っている。

(ううっ、何て言おう…)

オレはICカードを改札機にスキャニングさせて、彼の元へ向かった。


「…ただい、ま…、アベ君」

「―おう」


彼はそれだけ言って、パーキングへと向かう。


「あ、あの…」


オレは自分から嫌な話を切り出そうとしたが、急かされたので断念するしかなかった。
彼はバイクにまたがり、ヘルメットをオレに投げて寄越す。
オレも慌ててヘルメットをかぶり、サイドカーに乗り込む。
オレの準備を確認してから、彼はアクセルを踏んだ。


オレの保護者、アベ君はオレの本当の親じゃない。
ひいじいちゃんが造ったドールだ。
見た目だけじゃなく、肌も目も髪も体温も全部本当の人間みたいで、病気も怪我もする。
ただ、身体的な成長がないだけ。
オレの両親はオレが赤ん坊の時に死んでしまったから。
オレはずっとアベ君に育てられてきた。
アベ君は怒ると怖いけれど、本当はすごく優しい。
オレはアベ君が大好きで、ずっとずっと一緒に居られたら良いって思っていた。


「レン」


バイクを走らせてほどなく、信号待ちでブレーキをかけた彼に話しかけられ、オレは慌てた。


「な、ななな何?!」

「…なにキョドってんだよ」


正面を見据えたまま、彼はオレに突っ込みを入れる。


「お前、今日のテストどういうことだよ」

「う…それ、は、」


唐突に話を振られると、準備していた答えさえちゃんと言えなくなる。
だから、さっき自分から言おうと思ったのに…。
風に舞う桜が夕陽に溶けていくのを感じながら、ゆるゆると思考を稼働させる。


「難しく、て…」

「なわけないだろ、スキップ進級してるお前の言い訳にはなんねぇ」

「う…あ、お腹が、いたかっ」

「あの点数、わざとだろ」


オレは心臓が止まりそうだった。
叱られるより、こうやって淡々と静かな声で話される方がずっと怖い。


「そ、そんなこと―」


通行人の緑色のシグナルが点滅するのが、横目に入る。
オレは何だか落ち着かない。


「嘘をつくな」

「……」


でも、本当のことを言ったら…。


「お前、そんなに嫌なのかよ?」


そう、嫌だよ。
そんなの、決まってる。


「お前のために言ってんだぞ」

「そんな、こと」

「あ?」

「そんなこと、言われなくても、分かってる よ!!」


分かってないのは、君のほうだ―。


「アベ君は、オレの気持ちなんか、わかんない んだ」


溜め込んでいたことを吐き出したら、涙まで溢れ出して止まらなくなった。
彼は、そんなオレをどう思っているんだろう。
反応が気になるのに、呆れられたらって思うと怖くて彼を見ることができない。

車道のシグナルが青に変わると、アベ君は無言のまま発進した。
その後、家に着くまでずっと何も言ってくれなくて、優しく吹き付ける春の風が切なくて仕方なかった。


家の前でバイクが止められても、オレはサイドカーからなかなか降りられずにいた。
アベ君はヘルメットやらゴーグルを順々に片付けて、オレの傍までやってくる。
涙はもう止まっていたけれど、それまでに何度も袖で擦ってしまったから目尻がヒリヒリした。


「レン」

「…」

「ルリは…、お前の母親はお前がシティの学校に行くの、楽しみにしていたんだぞ」


そんなこと、知っている。
アベ君が何度も言っていたから、お母さんと話なんかしたことなくても知っている。
一週間前にもらったエントリーシートにもそう登録するよう、アベ君は言った。
けれど…。


「ガキ染みた我儘いつまでも言ってねェで、自分の将来ちったぁ考えろよ」

「アベ君は…」

「?」

「アベ君は、何もわかって、ない」


将来なんて、オレだって考えている。
もう十三なんだよ?
ねえ、オレがあの学校に行ってしまったらずっと離れ離れになるんだよ?
オレはそれが酷く悲しい。
寂しいんじゃなくて悲しいんだ。
どうしてかなんて分からない。
ただ、アベ君の傍にいたいだけなのに…。
アベ君は違うの?


「シティなんかに、行かなくたって…、オレ はちゃんと、将来のこと、決めていける」

「じゃ、勝手にしろ」


アベ君はそれだけ言って、家の中に入ってしまった。


アベ君は、オレなんか居なくてもきっと平気なんだ。
お母さんの遺言のまま、オレの面倒を見てくれているけれど本当は…。
当たり前だ。
こんな我が儘で泣き虫な子供と居てたって、楽しい訳がない。

オレは家の中に入れず、サイドカーの中で空を見上げていた。
もうすっかり暗くなってしまって、星が幾つか見える。

オレが居なくなった後、アベ君はどうするのだろう。
オレが成人するまでは後見人だし、オレが放棄しない限りアベ君の所有権はオレにあるけれど、オレと過ごさなくて良くなる分、別のことができる。
オレの知らない処へ行けるし、誰とでも会える。
…アベ君はオレが邪魔なのかもしれない。

そんな風にぐるぐるしていると、また泣きそうになる。


「いつまでそうやってんだよ」

「ひっ」


急に後ろから声がしたから驚いて、涙も引っ込んでしまった。
振り返ると、アベ君は青いエプロン姿で背後に立っていた。


「せっかく約束通りハンバーグにしてやったのに食わねえつもりか」

「アベ…君」


怒ってるのに、約束守ってくれてたんだ。


「考え事なら、部屋ん中でもできるだろ」

「アベ君、」

「何だよ」

「アベ君は、オレが居ないほうが、良い…?」

「はあ?!」


アベ君があまりにも呆気に取られているから、オレも唖然としてしまう。


「え…、だって―」

「―あ〜、だからお前…。
ったく、本っ当に下らねえこと考えてやがんなぁ」


アベ君は大きくため息をついて、頭を乱暴に掻いた。
それから、呆気に取られているオレを軽々と抱き上げて、サイドカーから降ろしてくれる。
アベ君の手の温度に胸が締め付けられた。


「別にいいよ」

「ふぇ?」

「お前の好きにしたらいいよ」

「ほ、本当…に?」

「自分の未来は自分で決めろ。
ルリのためでもオレのためでもなく、自分だけのために決めればいい」

「アベ君…、怒ったの?」

「は?何で?」

「だって、さっきまでは行った方がいいって…」

「それはオレの望んだお前の未来を、お前に押し付けていただけだよ。
お前はルリと同じように才能ある科学者になる。
それなら、良い学校に行った方がいいと勝手に思っていただけ。
でも、お前が良いと思う道を行くのが一番だって今気づいたんだよ」


そう言って、オレの髪にいつの間にか乗っかっていた薄紅の欠片をそっと取ってくれる。


「オレ、傍にいて邪魔じゃない?」

「邪魔だったらとっくの昔に捨てて逃げているよ。
さ、下らねえ話はこれで止めにして飯にしようぜ」

「う、うん!」

「んで、明日っからはわざとあんな点数取るんじゃねえぞ。
あれ、すっっげぇムカつくから」

「う…ご、ごめん、なさい」


わかりゃいいよと言って、やっとアベ君は笑ってくれた。
オレは本当に嬉しくて、アベ君に思い切り抱きついた。
アベ君も何も言わずに、オレの頭をまた撫ぜてくれる。




ねえ、アベ君。
オレは君と過ごす時間が本当に幸せで、そんな幸せをくれる君が本当に大切で…。
だからあの時、オレはこの場所からでも叶えてみせるって本気で誓ったんだよ。
君が夢見るオレの未来を、誰よりも君に見せたくて。




071024 up

(110924 revised)




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あきゅろす。
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