[携帯モード] [URL送信]

DOLLシリーズ
訪問者

部屋の片付けと掃除、お菓子の買い出し、宿題と研究の仕上げ。
今日のオレは大忙しだ。



「レン、買い物行くぞ!」


1階からオレを呼ぶアベ君の声を聞いて、オレは慌てた。
ついさっき昼食を終えて研究に取り掛かったところだったのに、既に4時を過ぎていてお茶の時間すら失念していた。


「ご、ごめんなさい、今行く から!」


オレは急いでパーカーを掴んで階段を駆け降りる。


「なっ、このバカ!
走って降りんじゃねぇ!!!」

「う、わぁっ!」


アベ君がすごい形相で怒鳴ったりするから、オレはその声に驚いて危うく滑り落ちそうになった。
寸でのところで手摺に掴まってギリギリセーフ。
オレとアベ君は同時に息を吐いた。


「…テメェ、何回言ったら分かんだ!
階段では絶対走んなっつってんだろ!!!」


アベ君の両拳で、オレの頭は思い切りぐりぐりされた。


「イダダッ、ごめっ、ごめんな、さい!
痛い〜〜!!」

「―ったく、毎度毎度いい加減にしろよ」

「うぇっ、ごめ…」

「もう良いから早くしろ」


アベ君は先にバイクを出す為、外に出る。
オレもパーカーを羽織ってドアをロックして、アベ君を追い掛ける。


「……アベ君」

「ああ?!」

「………なんか、怒って…る?」

「別に。
なんでだよ?」


オレは必死に首を横に振った。
アベ君は特に気にした風でなかったけれど、オレは今朝からアベ君の様子をずっと窺っている。
多分、きっと明日のことがあるからだ。
いつもの怒るとは違う。
なんて言うか…不機嫌、なんだと思う。


「アベ、君」

「なんだよ?」


ショッピングセンターのパーキングで、オレはもう一度アベ君に声をかけた。


「………シュウちゃんのこと、キライ?」

「はぁ?」


だって、オレは覚えている。
アベ君は、以前シュウちゃんと喧嘩した。
オレがちょっと席を外している間に、何か言い合いが始まったらしく、戻ってきた時にはすごい険悪なムードで…。
些細なことだったらしいけれど、オレはどうすれば良いのか分からなくて、ただ二人の間でオロオロしていた。

明日はシュウちゃんが泊まりに来る。
アベ君の了承は得ていたけれど…。
やっぱり、うちに呼ばない方が良かったのかな。


「別に、嫌いじゃねぇよ…」

「で、でもアベ君…怒って る」


そう言うと、アベ君は不思議そうな顔をしてオレを見る。


「? 怒ってねぇぞ?」

「だって…」

「ん?」


もしかして、アベ君気付いていない?


「顔………怖い、よ?」

「は?」


アベ君が困惑している。
こんなアベ君を見るのは初めてだ。
オレ、悪いこと言っちゃった…?


「……………」

「あの、あ アベ君…?」

「…………」


あぁ、きっと言っちゃいけないことだったんだ。
何か、何かフォローしないと―。


「あ、あのね、」

「ああ!」


アベ君は何かを思い出したかのように急に手を打つから、オレはまた驚かなくてはいけない。


「ど、どどうし―」

「思い出した!」

「へ?」

「ルリだ!」

「う…? るり…?」


なんで、ここでお母さんなの?

訳が分からなくなったオレに構わず、アベ君は愉快げに笑い出した。


「あ、あアベ君?」

「ハハッ、ルリにもお前と同じこと言われたの、思い出したんだよ!」

「同じ…?」

「あの時もなんでか分かんなかったけど…。
そか。
オレ、もしかして人見知りでもすんのかな?」


アベ君が人見知り?!


まさかと反論したかったが、怖くてできなかった。


「母さんも、言ったの?」

「ああ、お前が産まれる前の話だけどな」


そう言ってアベ君はオレの頭をポンポンと軽く叩くけれど、アベ君の懐かしむような優しい目は、オレじゃない誰かに向けられている気がした。


「確か…、ユウトと初めて会う前日、だったかな。
オレは怒ってないから、ルリに怒ってるって言われても訳分かんなくて、」


ユウトって、お父さんだね。


「とうとうルリが泣き出しちゃって。
アイツ、滅多に泣かないのにさ」


うん、3Dフォトのお母さんはどれも幸せそうに笑っていた。


「オレ、すげぇ焦って…。
何が悪いのか分かんないまま何回も謝って…」


お母さんでも、アベ君を困らせるようなこと、したんだ。


「で、挙げ句の果てにルリが怒って言ったんだ」

―いつまで子供やってんのよ!―


………子供?…アベ君が?


「多分、今のオレはその時と同じなんだろ。
まだ子供だってルリに叱られんなぁ」


そうかな、アベ君は子供なんかじゃないと思うけど…。


「しかもルリのヤツ、お前が産まれた時なんて『きっとこの子と成長していくのね』なんて抜かしやがって…」


そう言って、アベ君はセンターへと歩き始める。


「あ、アベ君は、父さんのこと、キライじゃなかった の?」


オレは、アベ君のシャツの袖を掴む。
それを合図にアベ君の歩調はオレに合せてゆっくりになるから。


「んなわけねぇだろ。
だいたい、その時はまだ会ってもなかったんだぞ」


だよね。
アベ君は父さんと仲が良かったって言ってたもんね。

じゃあ、


「シュウちゃんのこと、キライじゃない んだ」

「だーかーらー、さっきからそう言ってんだろ!」

「うん!」


良かった。
オレの大切な友達だから、アベ君に嫌って欲しくない。


「アイツ、嫌いな食べ物あったっけ?」

「シュウちゃんは、確か…何でも食べてた、よ?」

「………ちっ」


え…?
今、舌打ち…しなかった?


「アベ、君?」

「お菓子、買ってやるけどほどほどにしろよ」

「え?お小遣いからじゃなくていいの?」

「アイツの分まで買ってたら、お前の金無くなるだろ」

「あ、ありがと!アベ君!!」


オレはすごく嬉しくて、さっきのアベ君の舌打ちのことも、怒った風にしていたアベ君の顔も忘れてしまった。

アベ君はほどほどになんて言ったけれど、結局はオレがカートに積み上げたお菓子を全部買ってくれた。
オレも食べるからいいんだよって言い訳して。
明日はアベ君とシュウちゃんと3人で楽しく過ごせればいい。
今晩はなかなか寝付けないかも。
それくらいワクワクしていた。




あの頃のオレは、自分のことしか考えていなかったって今なら分かる。
アベ君の背負っているものとか、お母さん達が残してくれたものとかはずっと目の前にあったのに、あまりにも大きすぎて。
ううん、あまりにも自分のことだけに必死になり過ぎて、その存在に気づけなくて…。

アベ君、そんなオレと一緒に過ごした日々は、君にとってどんな思い出になっているんだろう―。



071025 up

(110924 revised)




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!