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アベミハ大学生シリーズ
8P


診察を受けた後、注射どころか点滴までされてかなり時間を取られてしまった。
最初は断ったが「こじらせたら、しばらく身動きが取れない」と医師に脅されて、仕方なく従った。
その分、睡眠と栄養が補給できて頭痛が治まり熱も少し下がったようで、体調はやや回復したように思える。
しかし、目が覚めた途端に待たせている三橋が気になって仕方がなくなった。

急いで待合に出ると、三橋はオレのスポーツバッグを抱えて居眠り中。
熱が高かったから看護師が診察の順番を繰り上げてくれたのだが、それでも来院してから既に2時間近く経過している。
待ちくたびれて居眠りもしたくなるだろう。

何となく起こすのが悪い気がして、そっと右隣に座る。
見慣れた寝顔なのに、真っ昼間の明るい場所で見るのは高校以来だから、つい観察してしまう。
あの頃に比べて大人の顔になったけれど、あどけなさとか間抜けっぽさが抜け切っていなくて、可愛いとさえ感じる。

今日はずっと傍に居てくんねぇかな。
今日なら、きっとオレはまともでいられるのに…。

と、またもや不埒な願望が頭を過る。
試合も近いのだから、病人からは隔離するくらいでないといけないのに。
アパートまで送ってもらったら、今度こそ帰らせなくてはいけない。

けれど、さっきみたいに三橋が納得してくれなかったら?
また、「運転できない」とか言われたら…?



「マズいな…」



三橋を突っ撥ねる自信が、今のオレには全くない。
三橋に仕方ないとか呆れたように言いながら、内心ほくそ笑んで泊めてしまうだろう。
自分の意志の弱さに悲しくなってくる。



「…ん、阿部…君……」



目を覚ました三橋はゆっくりと頭を上げて、焦点がちゃんと合わないままオレを見る。



「終わった…?
ちょっとは、マシになった?」

「あぁ、大分楽になったよ。
お前が来てくれたおかげだな」



そう言ってやると、とろんとした目のまま親に褒められた子供のようなあどけない笑顔を見せて、「良かった」とだけ言った。
その笑顔に、愛しさが募っていく。
三橋の温度が恋しくなる。

もう随分と長い間、三橋に触れていないような気がした。
実際、前回会ったのは1ヶ月以上前になるが、それにしたって大げさだと自分でも思う。
それでも、焦燥感にも似た欲求は止まらない。



「三橋、財布出すからバッグ貸してくれ」

「うん」



素直に差し出す三橋からバッグを受け取り、三橋の右膝とオレの左膝の上に乗せる。
三橋が不思議そうに見ている隙に、三橋の右手を攫ってバッグで周囲から隠した。
そして、改めて三橋の手を握り直す。



「あ、阿部君っ…?!」

「…ごめん。
会計に呼ばれるまで、我慢して…」



―馬鹿だ、オレ。
こんなことをすれば、きっと三橋を離せなくなるに決まってる。
何考えてんだよ、オレは病人なんだぞ?


時、既に遅し。
格好悪いけど、こんな風にしてでも触れたかった。
どうしても今、三橋を感じたかった。

恥ずかしさと愛しさで、胸が急激に熱くなる。
三橋は一瞬肩を揺らして驚いていたが嫌がることはなく、やがてゆっくりとオレの手を握り返す。
俯いているから表情までは分からなかったが、口元がほんの少し弛んでいるのが見えて、オレは胸を撫で下ろした。
久しぶりにしっかりと握った三橋の手はオレの手より少しだけ冷たかったが、それもほんの少しの間のことで、すぐにオレと変わらないくらいの温かさをもった。
三橋の指は相変わらずタコだらけでボコボコしていて、それが懐かしくて嬉しくて、ゆっくりと指の腹でなぞる。



「あ、阿部君」

「ん?」

「こそばゆい…よ」



そう言って、小さな声で笑う。
けれど三橋はちっとも逃げようとしないから、オレは気が済むまで何度もなぞっていた。
どちらの手も徐々に汗ばんできたが、不快だとは思わなかった。
むしろ、ずっとこのままでいたいとさえ感じていた。

ほんの少し跳ね上がったままの鼓動が心地いい。
触れ合った肌の感触に思慕する。
三橋の存在で、三橋の温度でこんなにも安らげる。
たったこれだけで幸せだと言ってしまえるくらい、今のオレは満たされている。


あぁ、だから―


だから、オレはあれほどまでに三橋を抱きたいと願ったのだろうか。

もちろん、単純にそれだけでないことも分かっている。
目を背けたくても、オレだって人間なのだから人並みの欲はある。
けれど、その相手が三橋でなければいけない理由は、その欲と同じくらい単純で、ある意味子供っぽい。

オレは、三橋の存在を自分の全てで直に感じたくて、三橋がオレを受け入れてくれていることを物理的に知りたくて、その方法が他に見つけられなかっただけなのだ。
ただ、それだけでしかなかったのだ。



「オレってバカだよな…」

「へ?何?」

「ありがとな、三橋」

「??
どうしたんだ、阿部君?」

「どうもしねェよ」

「???」



ありがとう、三橋。
オレに呆れずに、オレから逃げずに、いつも傍にいてくれて。
いつも、オレを受け入れてくれて。

もう一度、三橋の手を握った左手に少しだけ力を込める。
こんなことで伝わるわけはないけれど、それでも三橋は「分かってるよ」と言わんばかりに握り返してくれるから。
オレはまた、救われる気分になる。



「三橋、帰ったら話あるんだ」

「うん?」

「下らねェ、笑っちまう話。
あ、でも三橋はちょっとムカつくかも」

「うぇ?む、ムカつく…?」

「その時は、オレを怒っていいよ。
殴られても…、う〜ん、仕方ないかな」

「え?えぇ〜っ?!」



オレは、甘えるように三橋の肩に少しだけ頭を凭れさせる。
そんなことはいつもオレの部屋で互いにやっているけれど、今は不思議な感覚が身体を駆け巡る。



「でもさ、」




三橋がくれるモノを、三橋自身を、絶対に失いたくないから。
本能も理性も、強く三橋を強請るから。



「最後は『許す』って言って」



三橋はオレの掴み処のない言葉を必死にかき集めていたが10秒も経たずに放り出し、最後は少し困ったような顔をして「オレは殴らないし、きっと怒らないよ」と直感任せの言葉を呟いた。





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