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アベミハ大学生シリーズ
1)

自分の買い物なんて、大して考えもせず、適当に手に取り、カゴに入れてレジに向かう。
買い物は、正直鬱陶しいだけだ。
金は出ていくし、荷物が重くなるだけ。
最低限の衣食住を満たせばいいのだが、それに意外と金が要ることを、一人暮らしをするようになってから学んだ。
今更ながら、両親には頭が上がらない、なんて思う。
今だって学費と家賃は世話になっているのだから、とりあえずの生活が出来ればと、野球用品以外は節約最優先にした。

それが、ある日から一転していた。
しかも、今の今まで気づいていなかった。

そして、そんな自分に酷く動揺した。





意味不明の鼻歌が聞こえてくるときは三橋が上機嫌な証拠で、けれど、それを知ったオレは大きなため息をつきたい気分になる。

今晩は、オレの部屋ですき焼きパーティーをするのだと、昨日の電話で三橋は息巻いていた。
入部して半年、練習試合とはいえ、捕手として初スタメン出場初勝利をしたことを伝えたからだ。
入学前からレギュラー決定だった三橋に比べればお粗末な話だが、それでもオレにしては上出来だと思ったし、三橋が自分のことのように喜んでくれたのは、照れ臭いけど嬉しかった。

しかし、オレには今があまり楽しい状況ではない。
三橋は、オレより料理のレパートリーがあるのは知っている。
知ってはいるが。


「!ばっ、てめェ、その肉はダメだ!」


オレが慌ててパックを取り上げると、三橋は大袈裟なくらい驚いた。


「あっ、えっ でも、す、すっ」

「すき焼き用って書いてても、コイツはダメだ!
も少し脂身の少ない…、リブロース、こっちにしとけ。
いくら野球やってたって、脂のとり過ぎには気をつけろ」


オレは、三橋が選んだパックの隣に並べられた肉を、カゴに放り込んだ。
三橋は、わかったのかわかってないのか、首を何度も縦に振る。
しかし、次に三橋が手を伸ばしたものを、またもやオレは取り上げなくてはいけなくなる。


「おい、焼き豆腐より厚揚げにしろ、牛蒡との相性もいいから」


三橋は目を丸くしたけれど、そか、とか言いながら、おとなしく従う。
その後の食材選びに、三橋は手を出さず、「あれも入れたい」とか口だけで提案して、どれを買うかはオレが決めた。

一通り材料を選んだ後、菓子類のコーナーにまわる。
ポテトチップスに手を伸ばしかけ、三橋がのり塩よびコンソメを好んでいたことを思い出し、そちらを選ぶ。
チョコレートも好きだが、ホワイトはあまり身体に良くない。
アーモンドは確かいけたはずだから、クランチより一粒大で入っているものにする。
煎餅は揚げているものより、焼いているほうか。
ドリンクコーナーではスポーツドリンクを掴む。
炭酸飲料はできれば止めて欲しいが、好きなのだろうから砂糖不使用をカゴに入れた。
牛乳も小さいパックのものを取り出す。

と、そこで、オレは完全に沈黙状態でついてくる三橋に気が付いた。


「?どした?急におとなしくなったじゃん」

「え?だって…」


表情は怒っているでもなく悲しんでいるでもない。
ただ、不思議そうにオレの問いに頚を傾げる。


「なんだか、オレが欲しいの 全部分かってる、みたい だ、から?」

「−は?」


そう言われて、カゴの中身を改めて眺めると、いつもの買い物と大きく差があることに驚愕した。
節約第一、なんて無縁な大量の商品。
メーカーやカロリー、添加物なんかも特定したりしているもんだから、いつもの倍以上の金額になるだろう。


…何やってんだ、オレ。


確かに、三橋の好みはある程度把握しているし、投手なんだから身体を気遣って欲しいとも思う。
しかし、それにしても今のオレのやっていることってどうなんだ。


「あべっ、阿部君っは、やっぱりスゴイ!」

「はい?」

「前、遊び 行った時も、阿部君、オレの好きなアイス おいてくれて、たっ。
こないだ も、応援の差し入れ、肉 とか、野菜、とか、たくさん入った サンドイッチ、買ってきて くれたっ」


そういや、そうだったような…。
確か、バイトの給料日直後だったから、つい奮発したんだったか。
−いやいや、そうじゃなくて!
何やってんだよ、オレは。
いくら今日は割り勘だからって、これは多いだろう。
だいたい自分の生活費に支障来たしたらどうすんだよ。


三橋に指摘されるまで自分のヘンな浪費習慣に気がつけなかったのが、なんとも情けない。
かと言って、今更カゴの中のものを戻す気にもなれない。
立ち尽くすしかないオレに、けれど三橋は目を輝かせてオレの袖を掴んできた。


「ありがとう、阿部君。
いろいろ、考え てくれてて、オレ、オレ、すごい幸せっだ!」

「!!」


まるで子供のように無邪気な笑顔と言葉は、オレにとって思いがけない不意打ちで、心臓が大きく飛び跳ねたのをはっきりと自覚した。


「〜〜〜〜〜ほんっっっと〜にお前はぁ!!」

「へ?あ…、いっ!痛い痛い痛いィ!!!」


今は顔を見られるのが非常にまずい気がして、三橋の頭を両拳で挟み込む。
買い物客の冷たい視線が向けられていたことに気付くのは、店員に遠慮がちかつ困惑の声で注意されてからのこと。


三橋と出会ってから、変わっていく自分に気がついているつもりだったけれど、こんな日常の些細なことにさえ影響が及んでいるのは重症だと思う。
彼女にはどうしても金をかけてしまう、と嘆いていた相方をいつもバカにしていたオレは、これからは同情しなくてはいけなくなる訳だ。

けれど、三橋が幸せなのだと笑ってくれるのなら、コイツのために多少贅沢するのは悪くない。
そんなどうしようもなくバカなことを、夕食時にいつもよりもはしゃぐ三橋を見ていて、ぼんやりと思っていた。



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