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アベミハ大学生シリーズ
2P


「阿部君、お風呂ありがと」

「おう」



オレのパジャマを着て上機嫌でこたつに入ろうとする三橋の頭を、タオルで掴んで乱暴に拭いてやる。



「お前、ガキじゃねぇんだからちゃんと拭けよ」

「ごめん、ウヘヘ…」



ウヘヘって、本当にコイツは………。



「三橋、」

「な、何?」



今や三橋は、何もかもが楽しくて仕方ない尻尾を振りまくる子犬だ。
本当はさっきの電話の件で少し意地悪をしてやろうかと思ったけれど、もうどうでもよくなってしまう。
どうせ明日帰れば、自分の嘘がバレたと分かるのだから。



「これ、やるよ」



オレは三橋の前に、小さな野球ボールのキーホルダーを付けた鍵を一本差し出した。



「お前、また鍵無くすかもだろ。
そん時は、オレが居なくてもそれで入っとけ。
それに、オレがお前より早く出なきゃなんねぇ時も、あった方が便利だろ?」



本当は、もう何ヵ月も前に作ったスペアキー。
三橋と居られる時間を増やせたらと単純な思い付きからだった。
けれど三橋とオレの想いに温度差があったらと思うと怖くて、渡そうとする度に躊躇した。
三橋は他の友人とは違う、オレには特別なヤツなんだって意味のモノだけれど、どんな風に渡せば自分も三橋も納得できるのかと途方に暮れていた。
けれど、今日の子供染みた三橋の嘘に、三橋がこの場所を気に入ってくれているのなら、それが理由になってもいいと思えた。



「………良い、の?」



上目遣いにオレを見る顔には不安そうな、許しを乞うような表情が浮んでいる。



「テメェ以外の誰に渡せってんだよ。
それとも要らねぇの?」



わざと拗ねたように言って目の前から取り上げようとすると、「い、いる!」と慌ててこたつから身を乗り出してオレから奪い返した。

いつもそうやって、欲しいものは欲しいって言えばいい。
お前が望むのなら、オレは何だってお前にやるんだから。

宝物でも手にしたかのように胸元で鍵を握り締める三橋に、自分が満たされていくのが分かる。



「ありがとう。
オレ…、大事にする」



目に涙まで浮べて喜んでくれるのなら、もっと早く渡せばよかった。
その鍵はずっと前からお前のものだったのにな。



「オレ…」

「ん?」

「この部屋、好きなんだ…」

「そか」

「ここは、阿部君でいっぱいだから、嬉しくてホッとする」



…なんだよ、「いっぱい」って。

三橋はボキャブラリーが少ない分、妙な表現が多くて、オレはそんな発言を聞く度に心臓を忙しくさせている。
今だって、言った本人より言われた方が絶対に恥ずかしい。



「あ、オレ、阿部君にプレゼント」

「良いよ、別に」



鍵なんてプレゼントじゃない。
オレの自己満足にしか過ぎないのだ。



「良くない。
オレが、プレゼントしたいんだ。
こないだの誕生日の時も、おじさん居たから言えなくて…。
だから、今日は2コ分!」

「言うって何を?」

「オレ、阿部君の言うこと、二つ聞くよ。
誕生日の分と今日の分。
あ、オレにできることだから、大したことはできないけど…」



あんなに勢いよく言い出しておきながら、最後は消え入りそうになる声に、オレは笑いを堪える。

二つ聞いてくれるって言ったな。

オレの願いは三橋でなきゃ叶えられないことばかりだから、二つじゃ全然足りないけれど、今年はそれで我慢してやろう。



「言ったからには、ちゃんと守れよ」

「が、頑張ります…」



三橋は正座をして、オレの言葉を待つ。



「じゃ、まずは三橋からオレにキスして」

「そ、それはムリ!絶対ムリ!!!」



一回もされたことなかったから予想はしていたけど、即答で却下はねぇだろ。



「なんでムリなんだよ、オレにキスすんの嫌なわけ?」

「ヤ、ヤじゃない!
けど………は…、恥ずかし、過ぎて……死ん、じゃう…」



さっきお前が言ったことの方が、断然恥ずかしいと思うけど。



「じゃ、そん時ゃオレも一緒に死んでやるよ」

「えええぇ?!
そ、それはダメ―」

「で、二つ目なんだけど」

「ふ、二つ目?!」



一つ目をまだ了解していない三橋は頭が追いついていないみたいだけれど、オレは畳み掛けるように進める。

二つ目が一番重要なんだから拒否んなよ、三橋。



「来年も再来年もその次の年もずっと、この日は一緒にいるって約束」



口にすると意外と恥ずかしくなって、三橋の目を見て言うつもりが出来なかった。
三橋はというと、わたわたしていた動きをぴたりと止め、大きな吊り目を最大限に開いてオレを見つめる。



「ずっと………」

「そう、ずっと。
約束、してくれっか?」



オレが照れてる場合じゃない。

今度は、真っ直ぐに三橋を見る。
徐々に溜まってきた涙をいくつも落として、三橋は肩を震わせ始めた。



「ダメ…だ………」

「はあ?!」

「だって、そんなの…プレゼントに、なんない」

「…なんでだよ?」

「だって、嬉しいのは…絶対…オレの方だ………」



…なら、OKしてから違うお願いにしてほしいとか言えよ。
ダメとか言われるから、一瞬マジでビビっちまったじゃねぇか…。



「何も分かってねぇよ、お前。
その約束は、ぜってェオレにとっての方が重要なんだ」

「お、オレにとっても大事だ!」



やっぱ、分かってねぇ。
この先、この約束に縋りついてしまうのは、情けないけど絶対にオレなんだよ。



「…そんなら、それを二人のプレゼントにすれば良いだろ」



仕方なく、オレは妥協案を出す。



「でもオレ、鍵ももらった…」

「あー、それはプレゼントじゃねぇから」

「でも、」

「でももだからもねぇよ!
約束すんのか、しないのか?!!」

「す、する!しますっ!!!」

「うしっ、じゃ約束な」



なんか最後が無理矢理っぽかったけれど、初めてのクリスマスだ。
まずまずってトコだろ。
三橋も涙を拭いて笑ってくれたし。



「んじゃ、まだ終わらせてない一つ目のプレゼントよろしく」

「うぇっ、そ、それは、」

「しゃあねぇなぁ。
じゃ、口にじゃなくても良いからさ」

「うぅっ………」



3分は充分待って、ようやく覚悟を決めた三橋の「目、絶対閉じててね」という懇願に従う。
少しして、三橋が近付く空気を感じてうっすらと目を開けると、目を閉じてオレの額にキスしようとする真っ赤な顔の三橋が見えた。

バカだな、お前。
ホント、オレのコト分かってねぇんだから。

オレは、そっと腰を浮かせて三橋の唇の高さに自分のそれを合わせる。
額にキスしたつもりの三橋は予想の感触と違うことにすぐに気付いて目を開け離れようとしたが、右手で三橋の頭を掴まえて阻止した。



「…んっ、んン〜〜〜!!!」



オレは存分に味わってから、腕の中で無駄な抵抗を繰り返していた三橋を放した。
三橋は必死に酸素補給をしてから、耳や項まで真っ赤にしてオレに抗議する。



「〜〜〜〜〜〜あ、ああああ阿部君っ、ズルイ!!!」

「オレを待たせた分の利息だよ」

「で、でも!ズルイ!!」

「じゃ、も一回しようぜ。
今度はオレからしてやるから、三橋もオレと同じコトしたらいいじゃん」



できれば、の話だけど。



「うぅぅ〜〜〜っ。
あ、阿部君は意地悪だ…」

「ごめんな」



わざと優しく謝って頭を撫ぜてやると、拗ねていた三橋はちょっと困ったような顔をして「別に、良いけど」と簡単に機嫌を直す。
それがなんだか可愛くて、今度はオレからキスをする。
三橋もそっとオレの肩を掴んでそれに応えてくれた。

まだ自信のないオレには、二人の約束が三橋を見失った時の標となるだろう。
けれど、それで満足しているわけじゃない。
いつか、約束なんてなくても傍に居てくれるのだと確信できるように、お前をとらえ続けてやるから。
今のキスは、オレから三橋への宣誓。

テレビの時報に日付が変わったと教えられたけれど、オレはしばらく三橋を放せなかった。



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