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アベミハ大学生シリーズ
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至る所にイルミネーションで彩られた樹々やオブジェが見られるのは、このシーズン独特のお祭ムードだ。
街に流れる音楽もほぼ毎年同じ曲なのか、それらのほとんどがいつの間にか耳に馴染んでしまっている。
通り沿いの店も色鮮やかな飾りと輝くような照明で、通行人の気を執拗に惹こうとしていた。

隣を歩く三橋は、例に漏れずそれらに気を取られる類いだ。
何回か躓きかけてその度にオレに叱られるけれど、すぐに忘れてまた忙しく目を動かす。
けれど、オレが気になるのはそういうコトじゃない。



「うぉっ」

「あっぶねっ。
…ったく、お前なぁ!」

「ご、ごめん」



…お前、全然反省してねぇだろ。
さっきから、ずーっと顔が弛みっ放しだっての。



「いっそ、派手にこけてケーキ下敷きにしちまえば?」



そう皮肉ると、三橋は慌てて左手のケーキボックスを大事そうに確認するが、今更だと言ってやりたい。
ちなみに、オレの手にはバケツのようなフライドチキンのボックスが一つと円形のパーティー用のケースに詰められたサンドウィッチ。
だから、躓きそうになる三橋を助けるのも一苦労する。


二人で過ごす初めてのクリスマスイヴ。
それはちょっとした甘美な雰囲気を纏っていそうだが、どこかオレ達には無縁なような気もした。
こういうことに慣れていないからか、それとも相手が無邪気過ぎるのか。

本当なら、クリスマスになんかこだわる気は無かった。
けれど、今年はもうこのイベントしかオレには残されてない。

今年の三橋の誕生日は、ひょんなことで西浦OBが集まってファミレスで祝った。
まだ付き合い出したばかりのオレは何をしてやれば良いのか分からなくて、結局帰り道に「オレにできること、一つだけ言うこと聞いてやる」って言ったら、三橋にものすごく遠慮がちに手を繋いで欲しいと言われ、予想外の答えにオレが何故か赤面する羽目に遭った。

約2週間前のオレの誕生日には、二人で過ごそうとオレは画策していた。
なのに、三橋と待ち合わせた駅前で何故か親父が待ち構えていて冷や汗をかいた。
ボーナスが出たから息子の誕生日を祝うとか、訳の分からないことを言う酔狂な親父を他に約束があるからと追い返そうとしたら、そこに三橋がタイミング悪くやって来て、結局は親を交えた窮屈な居酒屋パーティーとなってしまったのだ。

つまり、特別な日に二人で過ごすのは実は今日が初めてで、恐らく今年最後になる。
そんな訳でオレは柄にもなく緊張しているというのに、目当てのヤツはお祭騒ぎに浮かれているだけなのだからなんだか虚しい。

それらしくエスコートできないオレも悪いけど…。
けど、一緒に居られる時間はそんなに無いんだぞ?
もっとちゃんと、お前に何かしてやりたいって、こんなに考えてんのに。



「阿部、君、」

「あ?何?」



少し不機嫌に返事をしたが、急に立ち止まった三橋の顔を見て慌てた。
あまりにも真剣な顔でオレを真っ直ぐに見つめるから、呼吸をするのも憚られそうな気がした。



「…な、何だよ」

「あ、あのね、」



緊張している声だ。

なんだよ、急に。
さっきまでニヤけながらあんなに燥いでいたくせに。



「あ、………お、オレ、」

「おう」

「………鍵、なくした」

「は?」



鍵って…?



「うちの鍵、落としたみたいだ…」



オレは思い切り脱力した。
いや、鍵をなくしたのはそれ相応のハプニングだとは思うが、少し大袈裟じゃないか。



「いつ落したのか、見当つかねェの?」

「多分、更衣室…」

「はあ?!」



更衣室って、練習の時かよ?



「いつも、バッグに入れてたんだけど、今日は、ポケットに入れたりしたから…。
ど、どーしよ…、今日、親…いない………」



小学生じゃあるまいし、泣きそうな顔までしなくても良いだろ。



「…オレんとこで泊まりゃいいだろ」



そう言ってやると、「いいの?!」と急に顔を明るくした。

そういや、三橋が一人でオレのアパートに泊まんの初めてだっけ。

三橋と過ごせる時間が大幅に増えたことに、気持ちが急に浮上する。



「どうせ飯食ってたら遅くなるんだし、泊まってけよ」

「うん!
ありがとう、阿部君!」



三橋は、先程の燥ぎ方を上回るようなご機嫌な様子で、ふにゃりとした笑顔を見せながらオレの隣にぴったりとくっつくように歩き出す。

ついさっきまで泣きそうだったのに、ホント単純だな。

ポケットに突っ込んだ手に、不意に冷たい感触を覚える。
少し前から入れっ放しになってなかなか取り出せないそれは、今日もこのままかもしれない。
三橋の嬉しそうな顔とオレの不安を秤にかけて、そう思った。

アパートに着くと、二人してこたつに足を突っ込み、シャンパンで乾杯してから買い込んだ御馳走をがっついた。
その間も、オレは今日を特別な日にしようといろいろ考えていたが、まずはそういう雰囲気にもっていくのに苦心した。
三橋は当然、色気より食い気が優先だから、悩むオレにお構いなしに「美味しい」を連発し、いつの間にかケーキをホールの半分も平らげていた。
食事を終えた後は、つい野球談義に花を咲かせてしまい、結局何もできないまま風呂に行かせることになってしまった。
自分の不甲斐なさを呪いながら、準備したバスタオルと着替えを三橋に放ってやる。



「お前、先に行けよ」

「え、後からで良いよ」

「バカ、テメェのが客なんだから先に行ってくんなきゃオレが行けねぇだろ」



それでも遠慮しようとする三橋に、久しぶりにウメボシを食らわせて無理矢理行かせた。



「あ、あの、阿部君」



バスルームに行こうとした三橋が、オレを振り返る。



「何?」

「ごめんね、ありがとう」



三橋は柔らかい笑顔を見せた後、そそくさとバスルームへと消えた。

何がごめんでありがとうなんだ?
まぁ、いいか。
それよか、三橋の寝床をどうするか、だ。
こたつで寝て風邪でもひかれたらたまんないし、狭いけどやっぱ一緒に寝るしかないな。

そんなことを考えているところに、三橋の携帯が鳴る。
バッグのポケットから取り出すと自宅の二文字が表示されているから、慌てて代わりに出た。



「はい、三橋の―」

『ちょっと廉!
あんた、帰らないってどういうこと?!
ルリちゃんも待ってんのに!
どこで何してんの?!』



アイツ、メールでも言葉足らずだな…。



「あー、おばさんすみません。
阿部です、お久しぶりです」



一瞬の間があってから、電話から大きな笑い声が聞こえてきた。



『あらやだー、もう!
ごめんなさい、廉だと思ってつい。
いつも廉がお世話になって、本当にありがとね』

「あ、いえ―」



いろいろ言えないこともある後ろめたさもあって、どうにも歯切れが悪くなる。



「三橋、今オレのアパートにいるんスけど、今日泊まることになって、」



あ、でもおばさんが戻ってんなら、その必要はなくなっちまったな。



『まぁ、そうだったの?
従姉妹が来るって言ってたのに、どこフラフラしてんのかと思ったけど、阿部君と一緒なら仕方ないわね』

「え?」

『あ〜、良いのよ!
従姉妹が来てるんだけど、明日もこっちにいるから。
阿部君、悪いけど廉をよろしくね』

「あ、はい…」



どういうことだ?
アイツ、今日は家に誰も居ないって…。
しかも、従姉妹まで来る約束してたっていうじゃねェか。



「まさか…」



オレの自惚れじゃなきゃ、多分予想は当たっている。
風呂に行く前に謝っていた三橋を思い出した。



「………ったく、嘘までつくことねぇだろ」



嬉しい嘘だけど…。
オレの不安は、ただの空回りだったってことかよ。

携帯をバッグに戻し、嘘つきの三橋が風呂から出て来る前にまずはニヤけた顔を元に戻そうと努めた。




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