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アベミハ大学生シリーズ
14P


こっそり深呼吸して、心を落ち着かせる。
二度と同じ過ちを繰り返さないと、声にせず三橋に誓う。

三橋がドライヤーを片付終えるのを待って、オレは三橋に声をかけた。



「三橋、次はオレの話聞いてくれっか?」

「う、うん?
あ、病院で言ってた話?」

「そ。
笑えるくらい下んなくて、それでいて三橋を怒らせるかもしれないような話」

「聴くよ。
オレ、阿部君の話、ちゃんと聴くから!」



三橋は正座をして、まじめな顔でオレに向き合う。
そういう真摯なところは昔と全然変わらない。
いつも真っ直ぐに他人を受け入れる優しい心。
そんな三橋の心が、ずっと欲しくて堪らなかった。
そして手に入れた今、三橋の全部を欲している。
それを知れば、お前はどんな顔をするのだろう。



「オレ…、お前を抱きたいんだけど」

「?
いいよ?」



バスルームの前で「続きは今度」って言った言葉に頷いてくれたからもしやと期待したのだが、やはり三橋は理解できていなかったようで簡単に返事をする。



「…あのな、お前の好きなギュッとは違うんだぞ」

「うぇ?」

「言っただろ。
さっきのソレ」



オレは三橋の赤い跡を指す。



「つまり、そういう『抱く』ってコト」

「?」

「お前の全部、欲しいんだけど…」



三橋はしばらく不思議そうな顔をしていたが、何を思い出したのかあっと短い声を上げ、一瞬オレの顔を見たと思ったら急激に顔を紅潮させ、あからさまに視線を逸らした。
何の記憶が答えを導いたのかは分からないが、通じてしまえば後は楽だ。
ただ、オレのうるさい鼓動にだけ耐えればいい。



「けど、そういうコトってさ。
オレ一人がどうこうできることじゃねェし…。
黙ってても意味ねぇの分かってたんだけど、何か言いだしにくくて…」



三橋は俯いて、シャツの胸辺りを思い切り握り締めている。



「で、とりあえず我慢してたんだけど…身体が…その、言うこと聞かなくなりそうになる時があって…。
だから、あんま不用意に触ったり触られたりは、ちょっとヤバくて…。
お前が勘違いするようなコトしちまって…」



三橋は顔を上げないまま、何度も大袈裟に頷く。
その度に、揺れる柔らかい髪の隙間から小さなつむじが見えた。



「さっきも、お前の行動につい………。
悪ィ。
お前に許しをもらうまでは、絶対何もしないって決めてたのに…」



三橋は相変わらず俯いたまま、今度は何度も首を横に振った。



「―そいで、さ。
あんなコトしておいてアレなんだけど…。
今直ぐどうって思ってんじゃねぇんだ、ホントに。
お前の方は、これからしばらく野球で忙しくなるし、心の準備だって…必要だろうし…」



三橋の反応を窺ったが、今度は固まったように動かない。
気持ちは分かる。
自分の身に起こるかもしれないことを考えたら、『心の準備』なんて簡単に片付けられるものではない。



「けど…お前がもし………、その、こういうの嫌だってなら、オレ…この先も、絶対手ェ出したりしねぇから」



この点については、正直今でも自信がない。
しかし、三橋に嫌われる方がオレには耐えられない。
二者択一なら、選択するものは決まっている。



「絶対、何もしねぇから。
だから、」



喉が渇き過ぎて、思わず唾を飲み込む。
この期に及んでまた恐ろしく緊張している。



「これからもお前の傍に居ること、許して欲しい」



最後は声が掠れそうになって、みっともなくて少し恥ずかしかった。
身体を小さくしている三橋は、固まったままだし顔も上げてくれない。
微かに身体を震わせているようにも見えるが、触れてないから確信はできない。
それでも、無闇にアイツの気持ちを推し量るのはもう止めた。
勝手な思い違いで、二人ともこんなに遠回りしたのだから。



「あ………」



たったそれだけの一声に、オレの全神経は三橋に集中した。



「オ、レ………」

「うん」



三橋が泣きかけているのが分かる。



「怒って…ないし、…く、下んなくなんて、ない」

「うん」



抱き締めてしまいたいけれど、三橋の返事をもらうまではと躊躇する。



「阿部君…、やっぱり…バカだ」



そこまで言うと、しゃくり上げ始めた。
結局、堪らなくなって三橋の肩を抱き寄せる。



「ごめんな、バカで」



子供をあやすように背中を擦ってやる。
すると、またバスルームでの時のように何度も謝り出す。
どうして謝るのか、今のオレには理解できた。
オレの肩にしがみつくように寄り添っていた三橋は、少しすると息を整えようと大きな呼吸を始めた。



「…オレ、ヤじゃないよ」

「うん」

「オレ、嬉しいんだよ…」

「三橋」

「阿部君が、オレんコトそんな風に思ってくれるなんて、絶対にないって、思ってたから…。
だって、」



オレは男だから―



三橋の言葉が胸に突き刺さる。
結局、オレ達は男同士である以上、普通と言われる男女間でのやり取り全てにおいて、女でないことが最大のハードルであるように思えて事ある毎に逡巡してしまう。
そして、その躊躇が不安や苛立ちになり、互いを傷付けることに繋がっていくのだ。
オレ達はあと何度そんな思いをすれば良いのだろう。

けれど、一つ分かったことがある。
オレの躊躇が三橋を不安にさせていたのなら、これからはオレがそれを破っていけばいい。



「三橋、オレが躊躇ってんのはお前が男だから、じゃねぇんだぞ」

「へ…?」

「お前が女でも、オレは同じこと悩んでたよ」



少し、ほんの少し嘘があるけれど、三橋が笑ってくれるのなら、そんなのは隠し通してみせる。



「無理強いして、嫌われたくはねぇかんな」

「だからオレ、阿部君好きだって…何回も言ってる。
嫌いになんて、なんないよ…」



拗ねたような声色があまりにも可愛くて、野球だとか風邪だとか忘れたことにしてしまいたくなる。



「おう、だから次ん時は容赦しねぇよ」



三橋の肩がちょっとビクついたが、もう引いてやる気はない。



「続きをするって約束したしな」



茶化すように言うと、項まで真っ赤にした三橋は腕の中で少し唸った後、「阿部君はイジワルだ」と小さく鳴いた。





昼休み、三橋からメールが届いた。
無事に朝練に間に合った事、昨日の練習を休んだことはチームメイトが上手くフォローしてくれた事なんかが書いてあって、オレは胸を撫で下ろす。

今朝はいつものように交通機関を利用するのではなく車を運転していく三橋に、よそ見はするなとか携帯が鳴っても出るなとか、散々注意してから解放した。
本当はキスくらいしたかったけれど、素人判断での完治なんてあてにならないから自重せざるを得ない。
出て行く前に昨日の礼を言うと、三橋は恥じらうように俯いてしまい、やがてオレの右手をゆっくりと取った。

その時に呟いた言葉が、改めて書かれている。



「………だから、もう分かったって」



三橋のメールの最後の一文に今朝と同じくらい顔を熱くさせたオレが、その後このメールに相応しい返事を考えるのにかなり時間と労力を要したのは言うまでもない。




―今だってオレの全部、阿部君のだからね―



fin.



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あきゅろす。
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