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アベミハ大学生シリーズ
6P

「…お前が運転して来たのかよ」



当然のことをオレに改めて尋ねられて、先程までの勢いはどこへやら。
三橋は大袈裟なくらい動揺した。



「…う、うん。
だって、阿部君歩かなくて済むし、病院にもすぐ行ける、し…」



ダークレッドのミニバンの前で、三橋は誤魔化すように視線を彷徨わせる。
オレに叱られると思っているのだ。
後部座席のドアを開いてオレのバッグを先に放り込んだ後、三橋はオレに座るよう促してきた。



「あ、阿部君 乗って」

「…いい」

「え?」



オレは助手席のドアを開く。

本音を言えば、今すぐ大学に行けと言いたい。
授業はともかく、野球の練習はサボって欲しくはない。
けれど、ここで突き放したらコイツは間違いなく凹むだろうし、そんな状況で運転などさせたら何をやらかすか分からない。
そして、オレ自身がもう少しでも傍にいてほしいと願ってしまったから。
だから、病院までは同行させようと妥協した。

三橋はオレに乗車自体を拒まれたのではないと分かり、ほっとした顔で運転席に乗り込む。



「気分悪くなったら、すぐに言ってね」



三橋はシートベルトを締めて、愛車を発進させた。


推薦入試で少し早めに進路決定していた三橋は、こともあろうか3年の冬に車の免許を取った。
話を聞いたのは仮免許が交付された後で、オレだけでなく、予め知らされていた田島以外は全員青褪めたのを覚えている。
卒業後、野球部OBで小旅行をした際に三橋の運転を体験したオレは、コイツに合格点をやった無責任な教官を呪い殺したい気分になった。
三橋の免許取得を阻めなかったことを心底後悔し、その時に無理矢理約束させたのだ。
やむを得ない理由が無い限り、できるだけ運転はしないと。

そのやむを得ない理由を作ってしまったのが自分とは、怒りを通り越して呆れる。


今に到るまでの経緯を含め三橋に問い質したいことは山程あったが、とりあえずは止めておくことにした。
三橋の運転が気になって、オレがそれどころでは無くなっているから。
そう、オレは三橋の運転から目が離せない。
去年は、スピード制限50kmの道路を40km台で走らせる三橋に苛立ちを押さえ切れなくなり、怒り狂いそうになったのを栄口に取り押さえられた。
今日は意外にも周囲に遅れをとることなく運転している。
しかし、そんな三橋のドライブに慣れていない自分は、それはそれでハラハラして仕方がない。
隣に座って正解だったと改めて思った。
別に何ができる訳ではないが、個人的な覚悟はいち早く決められる。
もはや、久しぶりに会えたなんていう甘い気持ちは、遥か宇宙の彼方に消え失せていた。



「えと、次の信号で…」

「…何やってんだよ?」

「う?
あの、病院の場所…」


三橋は赤信号で停車中に、病院の位置を確認し始める。

カーナビゲーションなんて、いつの間に搭載したんだ。
去年は無かったじゃねぇか。



「オレが指示するから、お前は運転だけしてろ」

「え?でも…」

「いいから!」

「うぁっ、はいっ」



でなきゃ、病院に着く前にオレは脳の血管でも切ってしまいそうだ。
それからは、更に忙しくなる。
カーナビの指示を伝えるのと三橋の運転を見守るのとで、病に冒された頭の中はオーバーヒートしそうだ。



「お前さ、一人で乗る時はカーナビ使うなよ」

「?」

「いいから、返事は?!!」

「はっ、はいっ!」



三橋がカーナビを見ながら運転なんて、自殺行為以外の何ものでもない。
今この場で撤去したいくらいだ。
今日は三橋の車に乗って良かった。
他にも危なっかしいトコロが無いか、ちゃんとチェックしておける。
オレは、悲鳴をあげている脳に鞭を打って指示とチェックに勤しんだ。

病院に程近くなりほぼ安全圏に到達したと判断したオレは、信号待ちの停車中に一番気掛かりだったことを聞いてみた。



「…お前、最後に運転したのっていつ?」

「へ…?
えと、確か…今年のお正月、かな」

「そっか。
………って、それ群馬だろ?!
なんで、地元の外で運転してんだよ?!!
しかも、正月は日頃運転しない危ねぇ奴等が多いんだぞ!!!」

「ご、ごめんっ、なさい!
お、親が、そのっ…帰る前に、お酒 飲んじゃって…」

「っ……………信号、青。
その次の交差点、左」

「は、はいっ!!」



ダメだ。
今、説教を始めたらコイツの目と心があらぬ方向に彷徨い出して、まともに運転ができなくなる。
病院に向かう目的が変わり兼ねない。

三橋に気付かれぬよう小さく息を吐く。
身体の熱は、風邪と昂奮で更に上がった気がする。
一方、三橋に対してあれだけ持て余していた感情は、すっかり温度を下げていた。
しばらくは、普通に接していられそうだ。

そんな安心から、三橋の横顔をこっそりと見る。
真剣に運転しているみたいだけれど、同じ集中している状態でもマウンドの上とはやっぱり違う、とどうでもいいことに感心したりする。
三橋の手の動きを目で追う。
叱られるから言わないだけで、日頃から近距離なら時々運転しているのだろう。
初めて見た頃より、随分手慣れたなと思った。

こうやってまだ隣に居られるなんて、野球を抜きにしても会っていられるなんて、あの頃のオレには考えられないことだったから、改めて思い返すと感慨深くなる。

これからもずっと、こんな風に当たり前のようにお前は傍に居てくれるのだろうか。
高校の時のように目指すものが同じではなくなったけれど、それでも未来は繋がっているのだろうか。



「な、何見てんだ、阿部君?」

「…何でもねェよ。
ちゃんと前見てろ、病院見落とすぞ」



いつの間にやら、三橋をガン見していたようだ。
オレは三橋の顔からステアリングを握った指に目を移す。

あんまり見ていると、また浅ましい欲が出てくるかもしれない。
せめて、三橋と離れるまでは平常心でいたい。

そういえば、とふと思い出す。
三橋に会った今、伝えると決めていたことを、オレはこの後言葉にするのだろうか。
また、決心が壊れかけていこうとしている。


どこまでも卑怯だな―。


オレは一度ゆっくり目を閉じて、新たに開く視界をフロントガラスの向こうへと変えた。






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