物事の優劣

「……じゃあ、ディルは」

「境界を跨げば、灰になっておりましたわ。彼はルーシィ様に感謝しなくてはなりませんわね」

アンはさらに目を細め、ふふふ、と控えめな笑い声をたてた。光沢のある漆黒の瞳。表情のない冷酷な眼。彼女自身の作品。

もしかすると彼女は、ディルの身体が灰と化したところで作り直せばいいと思っているのかも知れない。
作る者だからこその余裕と思考回路。

「アンさんも、同じなんですか?」

「いいえ、私は消えませんわ。変貌して、暴走するだけですの。もっとも、止めることのできる方などおりませんけれど」

変わらない笑顔が空恐ろしい。
言い知れぬ迫力に口を噤みそうになる。だが、駄目だ。今、ここで、彼女から引き出せるだけの情報を引き出しておかなければ。そうでないと、いつか絶対後悔する。確信めいた予感で、ルーシィは自身を鼓舞した。

「どうしてそんなことが起こるんですか?それとも、起こしているんですか?」

「怒らないでくださいませ。勿論、起こしているのですわ。何故なら特性だからです。伝説・伝承の性質をそれぞれの肉体に反映させているという、それだけですわ」

「それ、だけ……」

「それに、そちらの方が正しいですもの。制限や規制は理不尽でこそ、ですわ」

「……そんな、理由で」

ルーシィは、感覚の戻った拳を強く握り締めた。爪が食い込む。痛い。それ以上に、悔しい。

「彼、死ぬところだったんですよ?記憶が混濁してて、長い間夜の世界に閉じ込められて、それでも出ようとしてくれて。なのに、出たら灰になるとか、出られないのが正しいとか――そんなの、監禁してるのと一緒じゃないですか!」

「あらまあ、怒らないでと申し上げましたのに。いえ、ここは喜怒哀楽の発露を喜ぶべきかしら?」

「話を逸らさないでください!」

「ええ、逸らしたりなどいたしませんわ。ふふ、ルーシィ様はなかなか気がお強いですのね。素敵ですわ」

アンはルーシィの背後に回ると、荷物の中の黒い櫛を二本使い、わざとらしいほどに美しい金髪を梳きはじめる。
鏡越しに目を合わせる。蜘蛛女は笑みを絶やさず、人形は真摯に鏡像を凝視する。

「理解を得られるかは存じませんけれど、物事には優先順位がございますわ。勿論、極めて主観的なものですけれど、私にとっての一番は衣華ちゃんですの」

「だから、他のことはどうでもいいっていうんですか?」

「ええ、彼女に勝るものはございませんわ。それに今更、すべてのものに幸福を、なんておこがましいことは言えませんもの」




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あきゅろす。
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