傷痕の消滅

「いかがですか?不備がございましたら、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」

「い、いえ……たぶん、大丈夫だと……」

無意識のうちに首を撫でる。激痛に蹂躙された頸動脈は出血もなく、鏡で見ても傷すらない。
本当に、何もない。ディルによる吸血の痕さえも消えている。

これもアンの手腕だろうか。お礼を言わなくては。

「あの、ありがとうございます」

「お礼には及びませんわ。だって私の役割ですもの」

「役割、ですか?」

「いいえ、どちらかと言うと、そちらの方が主体ですわね。役割をこなしているのが偶々私なのですわ」

回りくどい言い方だと思う。いや、ルーシィの理解力や知識が追い付いていないだけかも知れないが、分かり難いということに違いはない。

「本当は誰でもいいのですわ。生み出すちからがある方なら、私である必要はございません。けれど、誰かがしなければなりませんの、絶対に」

「人形をつくることを、ですか?」

「その作業を人形づくりと呼ぶならば、そうですわ。けれど、私は呪いだと思っておりますの」

「……呪い」

その言葉も知っている。呪って、呪い、呪う。忌避すべき言葉だ。忌むべき単語だ。他人を不幸に陥れる、おぞましい行為だ。

「私が身体をつくった方々の共通点、分かります?」

「あの、あたし、昼と夕の常駐組の方に会ったこと、ないです」

「そうそう、それですわ。常駐組。私が身体を差し上げるのは、常駐組の方だけですの」

ふと、アンの雰囲気が変わった。顔筋は笑みの形を作っているのに、眼光だけが、凍てついたような無機質、無表情に一変した。ルーシィは背筋が寒くなるのを感じ、不随意に肩を震わせる。

「逆に言いましょうかしら。ルーシィ様は当てはまらないのですけれど、私のつくった身体を持つ方は、この街、いえ、決まった区画すらも出ることが叶わなくなりますの」



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あきゅろす。
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