比喩の重複
「衣華ちゃんは……天使なんですか?」
ルーシィが訊くと、アンは振り返り、即座に首を振った。髪飾りが高い音を立てる。
「いいえ。人間ですわ」
ならば、天使というのは単なる比喩か。虎とアンのそれが、偶々重なってしまったに過ぎないのだろうか。
「あら、ひょっとして、衣華ちゃんにお会いになったのですか?」
「はい。一緒に能面の家に行きました」
「能面?お面がたくさんあるのですか?」
どうやら、アンは能面の存在を知らないらしく、興味深そうに目を丸くする。
無理もない。あの家は場違いなほどに狭く粗末で、やけに存在感の希薄な所だった。
「いえ、お面自体は一つだけです。壁にかかって、笑っていました」
「お面が笑って……?まあ珍しい。とりあえず、常駐組ではないですわね」
「そうなんですか?」
白式尉自ら常駐組と名乗っていたような気がするのだが、違うのだろうか。所詮は自称でイレギュラーなのか?
では、彼はなぜ、そんなことを。
「ええ。それは流石に把握しておりますもの。朝の蜘蛛女、昼の獅子舞、夕の鶴女房、夜の吸血鬼。常駐組はそれだけですわ」
つまり、一つの区画に一人ずつ。朝昼夕夜で合計四名。
そこで、ルーシィは違和感に気付く。
「バルトは違うんですか?」
その名を出した途端、アンの雰囲気が一変した。抵抗や忌避の滲んだ無表情で、どこか歪んだ冷たさがある。
「あれのことは存じませんわ。いえ、知っている方なんていないのではないかしら」
「確か、彼は悪魔だって」
アンは首を振る。
「残念ながら、真実ではありませんわ。本当のところはよく分かりませんの。どことなく、引っ掛かるものはあるのですけれど……」
「アンさんも、記憶が曖昧なんですか?」
「いいえ。私は何も忘れませんわ」
不思議そうに首を傾げるアンに、ルーシィはまさかと思い至る。
「もしかして、人間だった頃の――」
「ともかく、身体を治させていただけますか?歩行が困難なのは、色々と不便でしょうし」
「あ……はい。お願い、します」
今、アンは意図的に会話を中断した。
何か、都合の悪いことでもあるのだろうか?ルーシィは不審に思ったが、身体の修繕は捨てがたい。
闇に佇む吸血鬼に目配せする。
何も言わずに頷く彼。行け、ということだろう。
ルーシィは頷き返し、アンの家に向かうことにした。詳しい話はその後だ。
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