彼女の見解
「アン、さん……」
「ええ、私ですわ。覚えていてくださったのですね」
アンはルーシィの右側に回り、真ん中の腕二本で、彼女の片手を握りしめた。
握りしめた、はずだ。感覚の鈍いルーシィには何とも言えないが、おそらく。
「まあ、随分と冷えてますのね。お怪我でもなさいました?」
「え?」
アンはルーシィの手袋を抜き取ると、その薄い手のひらを朝の陽光に翳した。
いくら光が強いとはいえ、いくら肌が白いとはいえ、特に何かが見えるわけでもないのだが、アンはそれを注意深く観察し、結論を口にする。
「中身が薄まってますわ。触覚、味覚、嗅覚。それらが鈍くなっていらっしゃるでしょう?」
「あ、はい。触覚は、かなり……」
「そうでしょうとも。補充の形態は水のようですけど、流出の形態は、汗かしら?それとも血液かしら?」
「血液だ」
夜の区画から、吸血鬼の声が届く。道を横切る朝と夜の境界線間近で立ち尽くす姿は、まるで見えない壁に阻まれているかのようだ。
アンは感情のこもらない目で彼を一瞥し、呆れた様子でため息を吐いた。
「と、いうことは、諸悪の根幹は貴方なのね、吸血鬼さん。ご自分のなさったこと、お分かり?」
「ああ。許せねえって言うんなら、このまま太陽に灼かれたって構わねえよ」
「まあ、馬鹿馬鹿しい」
アンは露骨に顔を歪め、ルーシィを庇うようにしてディルの前に立ちはだかった。
「死体なんて汚らわしいもの、存在させないで下さいませ。この世界は美しくなければならないのですから」
「それは、あのガキの為か?」
「まあ、口汚い。彼女がガキですって?私には天使に見えますわ!」
誇るような言い方と、舞台女優のように大袈裟な挙動。そして、屏風の虎と同じ台詞。
ふと人形は考える。
衣華がこの世界を創ったのならば、住人たちも彼女の創作物ということになるのだろうか?
虎とアンが同じ言葉を遣うのは、衣華の意識が介在しているから?彼らの意思も、思想も、衣華の思うまま?
祖母でありサリーであるルーシィだけは、カミサマとは別個の意思を確立していて、だからその言葉を用いないのだろうか。
いや、ならばディルは?彼も、天使という単語をつかわないではないか。
わけが分からない。
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