small.10

「駄目。駄目。寝たら、駄目」

寺の境内、一人の少女。
白い簡素なワンピース、肩で揃えた黒い髪。
小さな少女は両手で小さな皿を持ち、過剰なまでに地面を見つめ、慎重すぎる歩き方。

「お昼に、寝るのは、駄目」

砂利の中には入らない。安定感の欠如が何より恐ろしい。
奇妙にのろい足取りで、目指す地点はただ一つ。隣接している寺と神社の中間地点、長い石段のすぐ傍だ。

「いる、かな……」

そこにあるのは五輪塔。地水火風空、石で五大を象った、各地の寺院にあるものだ。
その存在が意味するものは、寺の宗派が密教系であることか。

少女はそっと、五輪の塔の裏手に回る。
石の柵との僅かな隙間。楠の大樹の影の中。暗く湿ったその場所に、さらに小さなものがいる。

ひどく汚れた白色の獣。
猫に似ているが微妙に違う。

「狐さん、こんにちは!」

少女はその場にしゃがみこみ、小さな狐に笑顔を向ける。豊かな尻尾の獣はそっと体を起こし、彼女の目を見て首を傾げた。

「よーちゃんは学校、宜経さんは檀家さんの法事。だから、今日はゆっくりお話できるよ」

そして少女は小さな皿を差し出した。乗っているのは味噌の山。山と言っても少量で、いくらか歪んだ円錐形になっている。

「お隣さんからのお土産なんだって」

狐は少女へ、礼を言うように頭を下げる。そして全く躊躇わず、味噌の塊を食べだした。

「お隣のお姉さんって、すごくきれいなんだよ。お人形さんみたいなの……って、知ってるよね」

不意にこぼれた少女の声が、悲哀の色を滲ませる。妬みや僻みは欠片もなくて、ただただ彼女に憧れる声。

狐の動きがぴたりと止まる。
けれど少女は気付かないまま、声を出さずに微笑んだ。
視線の先は、隣の神社。賽銭箱や、鳥居や石像。宇迦之御魂尊を祀る、典型的な稲荷神社だ。

「狐さんって、本当はあっちに住んでるのかな?」

しかし狐は答えない。二三度まばたきした後に、再び小皿の味噌へと向かう。
一心不乱に食べる姿が可愛くて、少女は笑みを深くする。

「美味しいって、分かる?分かってるよね。すてき」

不意に強まる北風に、少女の髪が激しく乱れる。唸るかのような音をたて、樹木を揺らして葉を散らす。

「私も味覚、欲しかったなあ。ううん、他にも――」

小さな少女の小さな弱音。聞くのは小さな狐だけ。




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