賢明な選択

「……本題だ。俺の抱える、苦しいのにお前が好きという感情は、俺が吸血鬼になる以前から持続してんじゃねえか?」

「そう、なの?」

「だから仮説だ。この感情は、お前を初めて見た瞬間から継続している。一目惚れでもしない限り、こんなこと有り得ねえだろ」

いや、たとえ一目惚れしたとしても、涙まで流すのは不自然ではないだろうか?
それはつまり、自分にとって彼女は、元々何らかの感情を有する対象なのだ。それも、あまり楽しくない種類の。
そして最前、無意識の内に過去の情念が溢れ出し、涙となって頬を伝った。

ディルはそう思うが、ルーシィの考えは違うらしい。

「あなたはそう言うけど、その感情はサリーに対しても抱いていたの?」

「いや。と言うより、サリーと直に会ったことがない。遠目に見たことはあるがな」

「その時、何か感じた?」

「全く。つっても、お前のように間近で会ってれば、何か感じた可能性はある」

「もう、訳が分からないわ」

本当に分からない。知っていることなどほんの僅かで、そこから導き出される可能性の信憑性や確実性に根拠はなく、噂や流言と何の違いもない。

ここで無知同士で話していても、大した収穫はなさそうだ。
背中に感じるガラスの視線も居心地が悪い。

「誰かに訊けばいいのよ。ほら、お面のお爺さんとか。彼は色々知ってそうだもの」

「面、なあ。……あいつ、一体何なんだ?」

「何なんだ、って、お面でしょ?能の、翁の、白式尉」

「そうじゃねえよ。はっきり言って、あいつはおかしい。異質だ」

何がおかしいのか、ルーシィには分からない。
区切られた空、動く人形、吸血鬼、絵が抜け出す屏風に、人魂、つちのこ。この街には変なものばかりだ。話す能面がいたところで、今更という気もする。

なのに、ディルの表情は険しい。
何かをひどく警戒している。恐れている、のかも知れない。

「この街にまともな奴がいねえのは分かってる。それでもな、全員動けるんだ。俺も、お前も、虎も人魂も。なのに、あいつだけは能面だ。動かねえ。これは、不可解だ」

「それって、気にするようなことなの?」

正直、大した問題には思えない。

それはきっと、虎の屏風の存在があるからだ。喋る能面がおかしいとするならば、抜け出す屏風もおかしい。
どちらにしてもおかしいのだが、類似するものがある以上、際立って奇妙だとは思わない。

いい感じに麻痺してきた、と、ルーシィは自身を嘲笑する。
たかが球体関節におののいていた時期が懐かしい。

「大した問題じゃねえのか?……ああ、もう分からねえ。何なんだこの世界」

辟易し、右手で両目を覆う吸血鬼。
節ばった長い指の感触を思い出し、ルーシィは鈍った触覚を今一度恨めしく思った。

「だから、分かる人に訊くのよ。まあ、人じゃないみたいだけど」

白式尉は異質、バルトは不在、衣華も同じく。
そうなれば、残る可能性はただ一人。

「アンさんなら、何か知ってると思うわ」




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