希薄な触覚

二階の廊下は、たくさんのドアが左右の壁に並んでいる。

若干、中に興味はあるのだが、他人の家を探索するのは趣味がいいとは言えないだろうと我慢する。
が、余程彼女の歩きは不格好だったのだろう、見かねたようにディルは手近な扉を開け、中に入れと指し示す。

「少し休め。そう焦る必要もねえだろ」

「焦ってなんかない」

「いや、嘘だな。いいから、たまには俺の言うことも聞け」

「たまには、って……」

いくらか不服に思ったが、確かに、彼に従ったことはないかも知れない。振り回されたり振り回したりはしたが、従順になったことは。

「そう、ね。そうする」

ルーシィは頷き、暗闇を探るような足取りで、一歩一歩歩を進める。

部屋の中には暖炉とソファ、テーブル。エントランスのものよりは小規模だが、それでも充分豪奢なシャンデリア。
そして、壁に取り付けられた動物の首、首、首。

全く動かないので剥製だということは分かったが、それにしたって不気味だ。
立派な角の牡鹿、獰猛そうなグリズリーに、大きな牙の象まである。

「え。……意外と悪趣味ね」

「そうか?」

「めちゃくちゃこっち見てるじゃない。ちょっと、怖いわ」

「ただのトロフィーだ。襲いかかったりしねえよ」

「分かってるわよ」

そう言うものの、恐ろしいことに変わりはない。部屋が広いので、あまり近寄らずに移動できるのが幸いか。

「……っ!」

突如、視界が傾く。
ガラスの目玉の生首に気を取られ、足元が疎かになっていたのだ。バランスを崩したと気付くのに、少しの間を要する。

なす術もなく床に激突するかに思えたが、背後から腕が伸び、彼女の体を抱きとめた。

「どうも危なっかしいな。バスルームの再現か?」

言われてみれば、確かに似ている。
感覚の鈍さが原因で倒れたことや、吸血鬼の腕が人形の胸部を圧迫しているあたりなど、そっくりだ。

けれど、違う。足りない。
疼くような甘い期待や、欲望を伴う淫靡な感覚が、まるで皆無だ。

触覚とは、かくも重要な機能だったのか。奇妙な戸惑いの中、ルーシィは今度こそ慎重に立ち上がった。




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あきゅろす。
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