蒙昧な記憶
俯き、額を手で押さえながら、ディルはルーシィの髪に顔を埋めた。冷えた金髪に不思議な愛おしさを覚え、更に彼女の腰を引き寄せる。
「な、何、どうしたのよ?」
「チキュウは、地球だ。何で俺は知っている?この街の、夜から出たことすらない癖に」
「分からないわ。昔、そこに住んでたとかじゃないの?」
「昔?昔って、いつのことだ?」
「この街に来る前よ。それ以外に何があるの?」
「……来る前?」
アンの家で目覚める前、ルーシィはこの世界の最初の住人、サリーとして存在していた、らしい。
そしてその前は、衣華の祖母であった、と。
ならば、ディルにも何らかの前身があるのではないだろうか?
吸血鬼になる前の――つまりは人間としての――姿が。
「最初の住人がサリーである以上、あなたがこの街に現れたのはそれより後になるでしょ?」
「……そう、なるか」
どこか虚ろな様子で彼は呟く。
「そうよ。だから、きっとあなたにも吸血鬼になる前の姿があるんだわ。それが何かのきっかけでこの街に来て、そのまま出られなくなったのよ」
「……ちょ、っと待て。前の姿?俺に、も?お前、何の話をしてんだ?」
ディルの様子が徐々に回復してくる。
顔をあげ、髪を掻きあげ、真正面からルーシィの目を見据える。宝石のような彼女の瞳は、大きな発見による率直な興奮で、生き生きと輝いているように見えた。
人形は興奮状態のまま、白式尉の語ったことを簡単に説明する。ルーシィがサリーであること、サリーの前身が衣華の祖母であること、衣華は人間であること。
祖母と離れたくない一心で、彼女がこの世界を創ったこと。
一通り説明し終えると、ルーシィは改めてディルの顔を覗き込んだ。
彼も、記憶が混濁している。
バスルームで何気なくこぼした言葉は正しかったのかも知れない。
明瞭な意識で冷静に思案している彼は、凛乎たる美貌の存在もあってか、思いの外頼もしく見える。
「――要するに、あのガキ以外の住人は死人っつうことか?お前も、俺も」
「可能性はあるわ。あのお面の言葉をすべて信じるならば、ね」
「無理だな。あの爺は俺を侮辱した」
憤るディルに苦笑し、ルーシィはやんわりと彼の手を振りほどく。
変わらず鈍い触覚に落胆するも、慣れる方が先決と緩慢な歩行を再開する。
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