不全な回復

廊下の突き当たりで壁に背を預け、ディルは安堵の息を吐いた。

「歩けるようにはなったみたいだな」

「まだ少し痺れるけどね」

燕脂色の絨毯が張られた廊下、彼を目指して慎重に歩きながら、ルーシィは首を傾げた。

動かそうと思えば、手も脚も首も動く。
だが、動いた実感や、何かに触れたという確たる感触が希薄なのだ。

痺れている、と言うのが最も近い表現だが、違っているような気もする。

「……そうか」

「暗い顔しないでよ。今更あなたを責めたりしないし、それ以外は健康なんだから」

言って、ふと考え直す。
果たして、人形である自分にその単語を用いるのは正しいのだろうか?

「……正常、なんだから」

小声で呟き、足元をよく見て更に歩を進める。感覚が鈍いので、目で確認しておかないと転んでしまいそうなのだ。
きれい、と喜んだブーツの歩きにくさが恨めしい。ヒールは決して高くないが、足首の動きがかなり制限されてしまう。

ディルはふと、そのぎこちない動作に既視感を覚える。足元を注視し、忍び寄るようにゆっくりとした動き。

「その歩き方……」

「何?」

「ああ、いや。気にするな」

「気になるわよ」

「大したことじゃねえ」

「そう?早く言って」

有無を言わせないルーシィに、ディルは渋々、溜め息混じりに答える。

「……お前の歩き方、あのガキに少し似てんな、っつうだけの話だ」

「ガキって、衣華ちゃんのこと?」

「ああ。その不慣れな歩き方、そっくりだ」

不慣れ、とルーシィは小さく呟いた。

歩行に慣れていないわけではない。ただ触覚が鈍っていて、歩きづらいだけだ。
でも、それが彼女と似ているのならば。

「衣華ちゃん、歩くの慣れてないの?」

「俺に訊くな。そういうことは本人に訊け」

「じゃあ、次はいつ来てくれるとか、分かる?」

「さあな。一定周期で来てる気もするが、意識したことがねえ」




[*Back][Next#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!