morning.9.1

ふと気が付けば、かなりの時間が過ぎていた。朝の時間の切迫感が鬱陶しくて、僕は小さくため息を吐く。

「大丈夫大丈夫。服は着れるし、髪も自分でとかせるよ」

「……押さえたり、引っ張ったりしちゃ駄目だよ。あと、目の細かい櫛は使わないこと。絡まりやすいからね」

「うん、分かってる」

「ちょっとでもおかしなことに気付いたら、すぐ言うんだよ」

「うん、大丈夫」

キキは素直に頷いた。
その素直さが、僕の不安をかき立てる。

彼女は決して反論しない。意見を対立させないし、駄目と言われればすぐに退く。
居候ではあるけれど、それにしたって大人しすぎる。

「……じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃーい」

明るい声に送り出されて靴を履く。
祖父は読経の最中で、玄関までは出てこない。

引き戸を開けたその先に、制服姿の少女が見えた。くすみ一つない金髪で、緑の瞳がきれいな彼女。
ちょうど石段を下る直前、ちらりとこちらを振り向いて、目が合い僕は頭を下げる。

「おはようございます」

「……おはよ」

無表情、口数少ない彼女の名前は時沢紗英で、高校三年。僕より一つ年上だ。
僕と彼女の関係は、言ってしまえばお隣さんだ。孤月寺の跡取り息子と、孤月寺から派生した、常葉神社の神主の娘。

母親がとてもきれいな北欧人で、彼女の容姿は母親譲りであるらしい。

「……あの子、元気?」

「キキですか?そうですね。良くも悪くも今まで通り、です」

「ふうん」

そして静かに紗英さんは、長いまつげの瞼を伏せる。
あまり言葉が多くはないが、彼女もキキを思ってくれているのだろうか。

二、三回、言葉を交わした程度のはずだが。

「わたし、あの子好きだわ」

そう言って、少し笑った紗英さんは、見とれるくらいに美しかった。




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