危険と誘惑

バルトの説明した治療法は正しかったようだ。

彼女は肘と手首の関節を司る球体と、継ぎ目がなく、すらりとした、まるで人間のような十本の指を不可解な面持ちで睨み、呟く。

「……痛い目見るくらいを想定、って」

「バルトの台詞か」

「ねえディル。あなた、彼に恨まれてるの?それとも、あなたが恨んでるの?」

「さあな」

事も無げにディルは言い、少し睨むような目でルーシィの白い指を眺める。

「あいつが俺を嫌ってんのは確かだ。態度で分かる。だから俺もあいつを信用しねえようにしてるんだが……嫌われる理由はさっぱり分からねえ」

「さっぱり?」

「ああ、何一つ」

「……あなたも記憶喪失、とか」

それを聞くと、ディルはさもおかしそうに笑いだした。鮮烈な赤い舌と濡れた白い牙が覗く。
ありえねえ、と言われ、ルーシィは拗ねたように口を尖らせた。

「……次、立ってみるわ」

話を逸らし、真剣な面持ちでバスタブの縁に手をかける。未だ少し頼りない腕に体重をかけて身体を起こし、両脚で踏ん張り、慎重に立ち上がっていく。

しかし、脚はまだ痺れたような状態で、のばしかけた膝は無様にがくんと曲がってしまう。

「あっ!」

倒れかけた彼女の身体を、間一髪でディルが支えた。彼の腕に胸が圧迫され、悩ましげな声が漏れる。

飛散した湯が、二人に等しく降りかかる。湯気越しに、視線が絡み合う。

「……そういう声も、良くねえな」

「いけないことばっかりなのね」

「俺の前なら構わねえがな。他の奴は、駄目だ。危険だ」

「あなたも十分危険だと思うわ」

そう言って笑うルーシィの頬が、頬紅をさしたようにほんのりと紅くなっている。
いや、頬だけではない。彼女の全身が、徐々に、かすかに、湯の熱と血の色を得て、匂いたつような薄紅色の官能に彩られている。

成熟しきらない肉体の造形など、何の抑止力も持たない。ただひたすらに、淫らで愚かしい。

誘われるようにして、吸血鬼は人形の華奢なうなじへ口付ける。
噛み付くつもりなどないのに、彼女は無様なほど身体を強ばらせ、彼の腕に弱々しくしがみついた。

「や、め……っ」

「落ち着け。もう血は吸わねえよ」

弾力のある二つの乳房が吸血鬼の腕に押し当てられ、とろけるような柔らかさで吸い付く。

思考や理性が遠のいていくのを感じる。
人形の肢体に魅せられ、抗えない。抗おうとすら思えない。
心底、恐ろしい。

「……っ、お前は」

「ん?――んあっ!」

ディルは空いた手でルーシィの脇腹や臀部を撫でてやる。
ウェーブのついた金髪の合間に覗く、熱くて小さい耳を口に含み、牙をたてないように注意しながら丹念に舌を這わせる。

「あ……あうッ」

なす術もなく脱力する人形を抱きしめ、火照った耳の凹凸を絶えず舐めまわしながら、ディルは低い声で笑いかける。

「耳が好きなのか?」

「わ、わかんな……ひぁあっ!」

「まあ、まだ分からねえかもな」

震えるルーシィを抱き上げてバスタブの縁に座らせると、大きな手のひらで、少女の形をした美しい裸体に触れた。
濡れた肢体は溶けかけた蝋のような風合いで、蠱惑的な桃色が生々しく透けている。




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あきゅろす。
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